美しい村スキルマへ 宮本神酒男
朝、知り合いの運転する中古のランドクルーザーに乗ってカルコのスキルマ村(Karko Skilma)をめざした。スカルド方面へ(西へ)ショク川に沿って1時間半ほど行き、橋をわたって東へ向かう。あたりのポプラは色づき、時間がゆっくりと流れる美しくて気持ちのいい村だった。運転手には知り合いがたくさんいて、どこへ行っても声をかけられた。彼は有名なポロの選手だったのだ。ポロの起源には諸説があり、ペルシア起源説が有力だが、紀元前からすでにギルギット、チトラル、チラース、バルチスタン、ラダックでポロ競技がさかんに行なわれていた。バルチスタンも有力候補(Poloはバルチ語)なのだ。
根っからの語り部
雑木林のなかにピット・ペ・アリ(Phit Pe Ali)さんの家があった。ラジャお墨付きの語り部だけに、その語り口にはプロフェッショナルのにおいがした。ソマレクだけでなく、ケサル王物語や多くの民間伝承を語り、歌うことができるようだった。
ソマレク話に関して、意外な伝承があることを知った。昔、村のある男が病気になった。おそらく天然痘かハンセン病だろう。土の上にいるとうつってしまうので、12年間、水の上(イカダの上)ですごした。イカダの上で考えたのがソマレク話だった。12年後、なぜか病は癒えていた。
この男はミル・サムレクなのだろうか。この説話からは、マギュの編集者や国王であったサムレクのイメージはまったくないといっていい。しかしまた世界は、ヴィシュヌの夢のように、この男の夢想にすぎないのかもしれない。
致死的な疫病から生還するのは、いわばシャーマニズム的なプロセスだともいえる。話を創造することによって病が癒えるのは象徴的である。ソマレク話はたんなる昔話や訓戒のようなものではないのだ。
ピット・ペ・アリ氏の語りにも私は陶酔したのだが、またも本人から意外な言葉を聞いた。