時をかける猫とぼく  ロイド・アリグザンダー 

 

1588年のマン島 

14 ドルシネア 

 かれらは突然せまいビーチにいた。灰色の空の割れ目から太陽の光がさしこんできた。塩っぽい風がジェイソンの耳元でハミングした。

「ドン・ディエゴはきっと自分の猫を見つけたと思うよ」ジェイソンは言った。

「見つけましたよ、たしかに」ギャレスはこたえた。「でもあそこを見て。われわれも何かわれわれ自身のようなものを見つけたようです」

 ジェイソンは目を覆った。小さな点が波のかしらではねたのだ。「あれがなにかわからないけど」とジェイソンは言った。「木片みたい。ボートにしては小さすぎるし」

 潮が引いて点は近づいてきた。わずかな間にそれは岸についた。それは樽だが、半分しかなかった。

 ジェイソンは打ち寄せる波の上をしぶきをあげながら走っていった。樽の中に帆布が敷かれ、その上に母猫と半ダースの子猫がいた。「ギャレス! 早くこっちに来て!」ジェイソンは樽を浜辺の乾いたところまで引っ張りながら叫んだ。

 ギャレスははや足でやってきた。母猫はぴょんと外に出て、ジェイソンをいぶかしげに見た。そのときはじめて母猫にしっぽがないことにジェイソンは気づいた。

「もう安全だよ」ガレスは母猫に言った。「ぼくと友人はいっしょに旅をしているんだ。彼は特殊能力についてよく知っている。ぼくたちは話をすることができるんだ。もちろんぼくたちだけのときにかぎるけど。こうした条件のときなら、きみもジェイソンと話ができるはずだよ。つまり」ギャレスはつけくわえた。「きみが望むならね」

 かっぷくのいい母猫は砂の上に身を投げ出していた。激しく息をしている彼女は人間のように見えた。ハンカチを取り出して自分を扇ぎだすのではないかと思えた。「ひどい! ただ、もう、ひどい!」彼女はそう言いつづけた。

 彼女はブルブルと体を震わせ、毛並みのいいコートを二、三度なめたあと、ようやくジェイソンのほうを見た。

「信じてちょうだい」と彼女は言った。「これがあたしの最後の航海なの。最後よ! ことばどおりに受け取って」

「でも」ジェイソンはたずねた。「猫が海で何をするんだい?」

「幸運のためよ、もちろん」としっぽのない猫はこたえた。あとで知るのだが、彼女の名はドルシネアだった。「すべての船乗りは猫を甲板にのせるの。知らなかったなんて言わないでね」

「あたしの船は」ドルシネアはつづけた。「スペイン無敵艦隊のなかでもピカイチだったわ。このスペインの艦船すべてがイングランドに向かっていたの。この光景には目をみはったわ。でも昨夜、嵐がやってきたの。こんなすさまじいやつ、見たことも聞いたこともなかったわ。あたしの船の船首から船尾まで、タテに裂けてしまったのだから! いちばんの友人があたしと子猫を樽につめてくれた。かわいそうな彼にできる最大限のことだったのよ。居心地がいいとはお世辞にもいえなかったけれど、おかげで沈まないで生きのびることができたの。でも、もう水の上はこりごり。陸地がやっぱりいいわ」

「きっと幸運を使い果たしたんだね」とジェイソンは言った。

「よく言うわね、坊や」ドルシネアはこたえた。「嵐に出会ったのはあたしのせいじゃないわ。船が難破したのもね。幸運って大事なことよ。船の操縦もね。あたしにはどうすることもできないの」

「あなたの子猫たちがみなご無事であることを願います」機転が利いていなかったことに気づきながらジェイソンは言った。

「かわいそうな子どもたち」とドルシネアは言った。「死ぬんじゃないかっておびえてたわ」。彼女は砂の中から身を起こし、樽のほうへ歩いていった。子猫たちはうれしそうにニャーニャー鳴いた。ジェイソンは彼女に異を唱えるつもりはなかったけれど、子猫たちは冒険を楽しんでいるようにも見えた。

 ジェイソンはドルシネアがなぜしっぽをもっていないかやはりわからなかった。彼女のお尻はオレンジのように丸かった。彼女の後ろ足は高く、気取った感じで、硬直した歩き方はコミカルでさえあった。

 そのときドルシネアは振り返り、ジェイソンを見て歯をむいた。「そんなふうにジロジロ見ないで」

「そんなつもりじゃなかったんだ」ジェイソンはわびた。「しっぽのない猫を見たことがなかったんだ。生まれたときからなかったの?」

「まちがいなくなかったわ」ドルシネアは言った。「母も、祖母も、曾祖母も。記憶に残るかぎりずっとむかしから。あたしの家族はスペインでもっとも古いの。もっとも有名な由緒ある貴族と関係しているわ。すくなくとも九人の高官、ひとりの枢機卿、三人の提督を輩出した貴族と」ドルシネアはスペインの名前をいくつも口にしたが、ジェイソンは絶望的なほど頭にとどめることができなかった。

「誇りをもって高らかにいうけど、子猫も、みなしっぽをもっていないわ」ドルシネアはつづけた。「あたしの家族では、しっぽは田舎者の象徴なの」

 きまり悪そうにポン、ポンとしっぽで砂をたたいていたギャレスは、それをお尻の下にあわててひっこめた。

「もちろんひとりひとりのことではないわ」ドルシネアは急いでつけくわえた。「しっぽがないのは、ほんのまれな幸運にすぎないのだから」

 子猫たちのためにギャレスは食べ物や真水のありかを教えた。村のある方向も示した。「できれば海岸をたどってもっと歩いてみたいけど」とギャレスは言った。

 ドルシネアは同意した。重い樽を引きずるよりも、また子猫たちを歩かせて迷子になるよりもマシということで、ジェイソンはシャツからナップサックを作った。かれらは内陸へ向かって出発した。すぐに海岸は見えなくなった。

 そのあたりにはくすんだ緑や青のヒースの茂みがあちこちに生えていた。木々は旗のように風の向きにそってたわみ、となりにもたれかかっていた。

「あの大きなモミ(ファー)の木のほうへ行こう」

 ドルシネアはキツネにつままれたような顔をした。「毛皮(ファー)なんて見えないけど」

「モミの木だよ! 毛皮じゃない! あそこに見える大きな木のこと!」とギャレス。

「ああ、そうね、もちろん」困惑したドルシネアのヒゲがピクピク動いた。「何を言っているかわからなかったわ」

 それから彼女は坂道をのぼりながら陸地ですごすことはほとんどなかったと認めた。子猫たちと同様、彼女も海の上で生まれたのだ。

 それにもかかわらず、泉水を最初に見つけたのはドルシネアだった。氷のようにつめたい小さな流れはかくれんぼをして遊んでいるかのように森の中を見え隠れした。彼女はギャレスより前に水をかぎわけることができた。彼女は得意げだった。モミの木と毛皮をまちがえたことなんか、もうどうでもよかった。

 その夜、旅人たちは落ち葉を褥(しとね)にして寝た。朝、だれよりもはやくドルシネアは起きた。朝ごはんのために狩りをして彼女はトカゲや甲虫をとらえた。(ドルシネアは甲虫がとてもおいしいと確約したが、朝食に加わるようにという彼女の招待をジェイソンはやんわりとことわった。ジェイソンは朝食を食いのがすことになってしまったが)

「驚くべきことだね」しっぽのない猫がいないとき、ジェイソンはギャレスに言った。「彼女の生き抜く力は」

「猫は何千年も前に自分たちのディナーをどうやってみつけるかを学んだんです」ギャレスは言った。「われわれはけっして忘れていないのです」

 朝のうちにドルシネアはさらにジェイソンを驚かすことになった。ギャレスと同様、ときにはその後ろ足の力によってギャレスよりはやく、おそろしく上手に、森の中の道をしずかに移動することができた。海の猫としてドルシネアはジェイソンが期待する以上にすばやく陸のことを学ぶことができた。数時間のあいだに彼女は曲がった枝や折れた草の葉の隠された意味、鳥の鳴き声の秘密、木の幹のコケが示す方向について、まるで森の中で長年すごしたかのように、慣れ親しんだ。また、人間を最初に発見したのもドルシネアだった。

「下のほうよ」彼女は言った。「海岸の方向。漁村のにおいがするわ」

 ギャレスはドルシネアを先頭に立たせて道を進んだ。彼女が言ったことは正確だった。かれらの足元の海岸をいだく場所に、草ぶきの小屋からなる村があった。また小さなぐらぐらした埠頭があり、砂の上にはボートが置かれ、修繕中の網が広げられていた。

 かれらはもっとも近い家に向かっていった。その途中、革の上着を着た、日焼けした背の高い若者がこの一行のなかにはいろうとした。彼はまったく注意をはらっていなかったのだ。黒い眉は怒りでひそめられた。青い目はぱちぱちと音をたてそうだった。そして後ろを振り返ることなくおおまたで歩き去った。

 ジェイソンとギャレスが最初の家を調べるあいだ、ドルシネアと子猫たちはすこし下がって待った。ジェイソンは半分ひらいた扉から小さな整頓された部屋の中をのぞいた。なかには暖炉があり、火があかあかと燃えていた。ギャレスは耳をそばだてて、音を聞いた。陰には黒髪の若い女がいて、まるで心が砕けたかのように泣いていたのだ。


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