09 ユング心理学の影響 


マクナルティー
 あなたのユング派のバックグラウンドは、実践においてどんな役割を持っていますか。

ヴォーン=リー この何十年、さまざまなスピリチュアルな教えが西欧にやってきました。それとともに強力な技法がもたらされました。メディテーションはいい例です。それによって人は内面の意識を超越した領域にアクセスすることができるようになりました。

 しかしすぐにこうした状況によって実践者が不安定になることがわかったのです。そして実践者を安定させるためにも、心理学を取り入れる必要がありました。スーフィズムにはつねに強い心理学的な面があります。9世紀以降、それは心理学的変容のシステムと言語を発展させてきました。とくにナフの純化に重点を置いてきました。ナフとは、自己の下位、すなわちエゴと解釈されてきました。しかしこの心理学的システムはしばしばアラビア語やペルシア語で描かれてきたため、西欧の実践者にはなじみが薄かったのです。また西欧の精神と東洋の集団的な精神は異なっています。自身の文化から出てきた心理システムを持つのが最善なのです。

 スーフィーの道で経験する内面的変容のプロセスは、個人を自我から自己へと導くユング派の個性化の概念とよく似ています。わたしの師がインドへ行ったとき、すでにユング派の心理学は勉強していたのですが、彼女の師のスピリチュアル・トレーニングがユングの個性化のプロセスとよく似ているので驚きました。彼は西欧の心理学を何も知らなかったはずです。彼女は西欧に戻ってきたとき、旅人が道の内面の働きを理解できるように、心理的変容のユング派モデルを取り入れました。

 たとえばスーフィーが「心の鏡を磨く」と呼んでいる内面の働きの第一段階において、わたしたちの内なる暗闇と向かい合います。イリーナ・トゥイーディーはスーフィー・マスターのもとで学ぶためにインドへ行ったときのことを語っています。

「ヨーガについて学びたいと考えていました。すばらしい教えを期待していたのです。しかし師が何をしたかといえば、自分自身の内面の暗闇に向かわせることだったのです。私はもう少しで死んでしまうところでした」。

 すべての旅人が内面の闇と向かい合うことになります。カール・ユングはこれを「影と向かい合う」と表現しています。自分の闇と向かい合わなければ、自分を純化することはできず、高次の自己が意識の中に生まれるための透明な内部空間を創ることもできません。

 高校教師をやっていた頃、わたしは30歳だったのですが、夢の中でユングの作品を読むよう言われました。それでわたしはユングの作品を全部読み、ユング派心理学が自分自身の基礎となったのです。わたしの最初の仕事の一部は、ユング心理学の教えをスーフィーが経験した内面のプロセスに適応させることでした。とくに夢分析に集中しました。夢分析はつねにスーフィーの道の一部でした。わたしたちは夢をガイダンスとして用いるのです。この教派の開祖である14世紀のバハ・アド・ナクシュバンドは夢の分析者として知られていました。

スーフィーとして教え始めた何年間か、わたしはスピリチュアルな夢分析の枠組みを作るために、夢分析に対するスーフィーのアプローチとユング心理学の洞察を統合することに取り組みました。

マクナルティー 何か例を示していただけますか。

ヴォーン=リー まずわたしが36のときに全米を回って夢分析のワークショップやセミナーを開催しました。かつてわたしがミネソタ州北部にいたときのこと、ある女性が部屋に連れていかれる夢を話してくれました。部屋の中には長いテーブルがあり、テーブルのまわりには何人かの老人がいて、羊毛をすいていました。彼らは羊毛梳(す)きの達人で、仕事をしながら白い長いひげを指で触っていました。この女性は金物屋を経営していました。夢のシンボルについての知識はありませんでした。わたしはスーフィーの定義が好きでした。

「あなたの心が羊毛のように柔らかくて暖かかったら、あなたはスーフィーです」というものです。

 夢見る人は、この作業がいつも内面の空間に導かれます。ここでは道の達人たちが羊毛を梳き、心を柔らかくし、変容させる仕事をしているのです。この女性は存在の深みに眠る古代のスーフィーの夢を見ているのです。魂のなかで彼女はスーフィズムが何を意味するか理解しているのです。この夢は純粋に心理学的な次元で解釈することはできません。しかしスピリチュアルな次元から解釈できるのです。

マクナルティー しかしすべての夢がスピリチュアルというわけではないんですよね。

ヴォーン=リー わたしの取り組みによって、人々がスピリチュアルな夢と心理的な夢の違いを理解する助けになったと思います。夢がどこから来たかを知るのは重要なことです。

マクナルティー 夢分析とメディテーションがどうやったらわたしたちが「影」に気づくよう助けることができるのですか。

ヴォーン=リー 真剣なスピリチュアル・ワークはあなた自身の影、拒絶された部分を浮き彫りにします。それとあなたは向かい合い、受け入れなければなりません。ほかの道ですと食事法やヨーガ、いい暮らしや悪い習慣を正すことによる純化に焦点を当てるかもしれません。とくにわたしたちのスーフィーの道は強い心理的な要素を持っています。そして純化はユングの「シャドウ・ワーク」と類似しています。浮かび上がってきた心の拒絶された部分と向かい合い、愛し、受け入れなければならないのです。これが変容のプロセスの始まりです。

 ユングは言いました。「光の姿を想像するのでなく、闇を意識することによって、人は覚醒するのだ」と。

 それから彼はユーモアたっぷりに言いました。

「しかしながら後者のプロセスは同意しづらく、それゆえポピュラーではないが」と。


マクナルティー 個性化について説明していただけますか 

ヴォーン=リー 個性化とは、親や環境に刷り込まれたあなた自身の個性や条件づけられたイメージではなく、あなた自身の本質を発見する全体性へ向かう旅なのです。これがあなたの本当の自分なのです。個性化とは、前体制へ向かう心理学的な旅なのです。ジョランデ・ジャコビーというユング派の人が美しい言葉を述べています。

「ある男が個性化のプロセスをたどって、神の家の玄関に到達した」。

マクナルティー 多くのスピリチュアルな教えでは、あなたの本当の自己は聖なる自己であるように思われます。

ヴォーン=リー ユングの偉大な貢献の一つは、精神的プロセスと心理的プロセスが出会う伝統を復活させたことです。たとえばチベットのタンカやシャルトル大聖堂のバラ窓に描かれたマンダラに神がどう表現されているか、そして何世紀もの間表現されてきたことを示してくれました。

十代の終わり頃、わたしは建築学の学生としてシャルトル大聖堂に二週間通い、迷宮を研究しました。朝、オープンする前に自由に見て回る許可をもらいました。わたしがやるべきことは、非常にパワフルな元型のシンボルである迷宮を調べることでした。

2種類の迷路(メイズ、ラビリンス)があります。一つは、いくつかの行き止まりがあり、中心へのたくさんのルートがある「マルティカーサル」(多重的)の迷路。もう一つは外部から中心へ一つの道しかない「ユニカーサル」(単一的すなわち一筆書き)の迷路。

シャルトルの迷路は「ユニカーサル」(一筆書き)で、異なる円が異なる惑星を表す宇宙モデルであるとともに、精神のイメージでもあります。巡礼者は西側から入り、この回り道を通り、中心にたどり着いて振り返ると、そこにはバラ窓があり、直接心に映るのです。これは、自己の故郷である心に向かう内なる旅を表すキリスト教の象徴の一部なのです。迷路はこの旅のまさに古代の象徴なのです。





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