女神マネネの神託 

 チベットの雪の多い山々のなかに、リンという国がありました。リンの若き国王ケサルは、国と国民のために何をすべきか考えるために、数か月にわたって洞窟で瞑想をしていました。

 ある春の日の朝、あふれる光のなかに、ケサルの守護神である女神マネネが突然、あらわれました。

「起きなさい、ケサル!」とマネネは叫びました。「あなたはよくやっています。国王となり、国民に尽くしてきました。いま、はるか南の国の人々を解放するときがやってきました。あなたの使命は病気になった人や苦しんでいる人すべてを助けることです。そしていずれは北方の妖魔を倒さなければなりません」 

 マネネはつづけて言いました。

「ルンジャパ王と彼の側近の邪悪な魔術師たちは、南方の丘に生える薬草を独占しています。彼らは自分たちの悪の力を増すためにのみ、これらの薬草を用いているのです。かつてはだれもがこの驚くべき薬草の葉や根を治療に用いました。しかしいま、病人や老人はこの薬草を手に入れることができず、つぎつぎと死んでいるのです。あなたはこれらの薬草を魔術師たちの専売でなくし、人々に分配せねばなりません。これらの人々は悪しき国王によって奴隷にさせられているのです」 

 ケサルは洞窟から出て、すっくと立ちました。 

「心の準備はできたぞ!」 

「あなたの任務は容易ではありません」と女神マネネは言いました。「9つの頭をもつ巨大亀と9つの頭をもつ巨大蛇が、悪しき魔術師たちを守っているのです。あなたはまずこれらの怪物を退治しなければなりません。そして怪物たちの呪術的な宝を持ち去るのです。それからルンジャパ王が住む堅固な青銅の城に入り、宝の薬草を手に入れます。最後にあなたはルンジャパ王の娘、王女ペマ・チョツォを救出します。王女はあなたが任務を遂行する際に助けてくれるでしょう」 

 眩惑するような光が消え、女神マネネの姿も見えなくなりました。 

 ケサルはしばらくのあいだ、自分に課せられた任務について考えました。それから彼は冬の洞窟を出て、国民のもとにもどりました。彼の心には、はっきりとした目的があり、決意をいっそうかたくしました。 


 ケサルが神馬キャンシェに乗ってひさしぶりにリン国にもどると、群衆は駆け寄ってきて、熱狂的に迎えました。 

「ケサル! ケサル!」と群衆から歓声があがりました。「おかえりなさい!」と口にしながら、老若男女が四方からあつまり、国王を出迎えました。 

 ケサルは馬から降りると、ひとりひとりの名を呼びながら、手を握りしめました。それから彼が女神マネネから命じられた任務について話しました。南方の人々を妖魔から解放し、薬宝をリンに持ち帰る時がやってきたと告げました。 

「けれどケサルさま、ケサルさまは冬の間ずっと留守にしておられたのです。またながらく留守にするとおっしゃるのですか!」と人々は嘆きました。 

 ケサルの若い妻、ドゥクモも嘆願しました。「いとしいケサルさま! わが父は年老いて、からだも弱っています。わたくしどもはあなたさまが頼りなのです。どうか国王として、このまま残ってください!」 

 リンのすべての人がこうして、ケサルにとどまるようせつにお願いしました。 

 すると群衆のなかから、ひとりの老人があらわれ、澄んだ声で朗々と述べました。

「ケサルどの、あなたは女神に命じられたことを成し遂げねばなりません。それが定められた運命なのです。あなたはその運命によって国王になられたのではないのですか。どうか南の国へ行って、人々を妖魔から解放し、そして薬宝をリンに持ち帰ってください。

あなたの超越した力のおかげで、われわれは敵を恐れることはありません。しかしいい薬がないので、疫病から身を守るすべを持っていないのです。あなたの開かれた心と慈しみのおこないによって、福がもたらされることを願います」 

 老人の賢い言葉を聞いて、群衆は黙りました。そしてケサルがなぜすぐにまた出発するのか、理解できました。 

「ドゥクモよ、わが王妃よ、私がもどってくるまで、国を見ていてもらえるかい?」とケサルはたずねました。ドゥクモが了承すると、ケサルはリンの人々に祝福を与え、それから旅に出発しました。 



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