2 九つ頭の巨大亀、九つ頭の巨大蛇と戦う
ケサルは神馬キャンシェに乗り、天高く飛翔しました。「すべてを知る者」ことキャンシェはたんなる駿馬ではありませんでした。そのつやのある毛並はルビーのように赤く、たてがみは青黒く、尾は走るとき、シルクの旗のようにはためきました。キャンシェは風のように空を飛び、人間のようにしゃべり、慈愛あふれる心を持っていました。
「国王さま、いつだってあなたを助けられるよう準備ができています」とキャンシェは言いました。
そこでケサルはキャンシェを堂々とした鷹に変え、その背に乗って、リンの高い峰々を越えて、はるか南方のほうへと、飛んでいきました。ケサルは輝く太陽光という名の洞窟を見つけると、そこにしばらく滞在し、2頭の9首怪獣を退治するための準備にかかりました。
闇夜にまぎれて、守護魔神を自任する邪悪な呪術師がやってきて、ケサルに襲い掛かりました。しかしケサルは魔法の力を駆使し、悪の力に負けない強い意志を持っていたので、逆に呪術師を打ち負かし、彼の助手にしてしまいました。
洞窟からそれほど離れていないところに、9首の巨大亀がいました。その古びた殻は谷全体を覆うほど大きく、分厚かったので、空が暗くなったほどです。その巨大な脚の爪によって、土が深く掘り下げされ、危険な落とし穴が作られました。どんな生き物も、そこに近づくと飲み込まれ、砕かれました。その9つの首は巨木のてっぺんにまで届き、つねにぐるりと見回し、危険を察知しました。もし危険が迫ったら、瞬時に9つの首は引っ込み、巨大な甲羅のなかに消えてしまったのです。
ケサルは木の下を、物音を立てずに巨大亀に近づいていきました。突然、ケサルは素っ頓狂な叫び声をあげました。それはあまりに強烈で、まるでハリケーンが通過したかのように、9つの首は吹き飛ばされそうになりました。驚きのあまり巨大亀は凍ってしまいました。ケサルは亀に向って鉄の短剣を投げつけました。
短剣は稲妻のように飛び、巨大亀の心臓に突き刺さりました。するとこの巨大な生き物は、大きな塵のかたまりになりました。
塵の山のなかに、ケサルはきらきらと輝く水晶を見つけました。女神マネネの言葉を思い出したケサルは、それを将来のためにとって置くことにしました。
もう一度キャンシェを巨大な鷲に変え、ケサルはそれにまたがると、山の谷の霧深い森へと飛んでいきました。そこには蛇の魔物が棲んでいるといわれていました。
ケサルとキャンシェが雲から森に降りていくと、ぶあつい霧と靄(もや)のなかに入りました。そのなかでは、地表に影を落とす巨木くらいしか見えませんでした。ケサルは巨木の幹に洞(うろ)を見つけ、そこを夜のねぐらとすることにしました。
9首の蛇の魔物は、よそものが自分の領域に入ってきたことを感じ取り、落ち着かなくなり、ほえはじめました。そのほえ声はすさまじく、火山の噴火よりも大きく響き渡ったのです。夜の間ずっとほえ声はやみませんでした。大地はふるえ、木々は揺れ動いていました。
朝のかすかな光のなかで、とぐろをほどいた蛇の魔物は、9つの首を巻いたり、のばしたりしながら、侵入者を探しに行きました。シュッ、シュッと音を立て、ほえながら、毒歯をむき、稲光のように毒の舌をチロチロと出しました。蛇の魔物は、かすかな動きにも反応し、いかなる危険のしるしも見逃すまいと、その目をどんよりとした暗闇の中で光らせていました。
ケサルは黄金の弓と一束の矢を取り出して手に持ったまま、ほえ声を追って蛇の魔物の巣をつきとめました。彼が近づくと、黄金の甲冑は霧深い影のなかでゆらめき、それを見た魔物はいっそうほえ声を大きくはりあげました。
ケサルは間違いが許されない自分の目的に神経を集中しました。蛇の魔物が逆襲しようとする前に、ケサルはすばやく魔物の心臓に向って矢を放ちました。矢は正確に放物線を描いて心臓に向い、見事に当たると、魔物は崩れ落ち、そのまま消えてしまいました。
蛇が消えたあと、毒歯、目玉、心臓だけが残りました。それらはなんとすばらしい宝石でした。ケサルはそれらをかきあつめ、正しく使用する機会が訪れるまで、その魔法の力を大事に保管することにしました。
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