4 ケサル、天界からの使者を装う 

 翌朝、ケサルはキャンシェを白い象に変え、魔法を使って彼自身、高級なシルクの服をまとい、天界の使者かつ神々の神託を告げる者にばけました。 

 ルンジャパ王は護衛たちに、城の門をあけ、天界の使者の到着を待つよう命じました。城のなかでは、すでに群衆があつまり、期待に胸をふくらませていました。 

 護衛たちが城へとつながる道を目を凝らして見ていると、巨大な白象が突然空から降りてきました。護衛たちが象を目にしたときには、呪術師たちは楽器の演奏をはじめていました。ルンジャパ王と臣民たちは使者を手厚く迎えようと長い行列を作りました。 

 しかし象は歓迎を受けようと止まりはしませんでした。ケサルは休むことなく飛行しつづけ、城の壁を越えて中庭の中央に着陸したのです。だれもが愕然としました。驚いた演奏家たちは楽器を置いて、ケサルのまわりに群がってきました。 

 沈黙が流れました。その沈黙を破ったのはケサルです。 

「友人のみなさん、あなたがたのもとに参るよう、尊い偉大なるおかたから仰せをいただきました。わたしはふだん、未来について予言を述べるべく、神々のもとに呼ばれる身。予言はならわしになっているのです。しかし今日は、あなたがたの未来について、特別幸運なことがあると知らせに参りました。さあ大ホールまでいっしょに行きましょう。そこでわたしはたくさんの石を放ります。それに来たる未来のことが書かれているのです」 

 ルンジャパ国王は了承したというようにうなずき、家来たちに特別の贈り物を持ってくるよう指示しました。果物や菓子、宝石、香りのいい花々、見事な錦織などが、大ホールに入ってきたケサルに捧げられました。

 老いた呪術師ノパは、近くに立ってケサルをいぶかしむような目でじっと見ました。ケサルのまわりには霧がかかっているようですし、霧の下のからだは輝く甲冑をまとっているようなのです。 

「この使者はおよそ使者らしくないぞ」とノパは思いました。そしてケサルが呪術や哲学をどのくらい理解しているか、試そうと、つぎからつぎへと質問をあびせました。 

 しかしケサルはどんな質問にも躊躇なく答えました。というのも輝ける日光という名の洞窟で退治した守護神が助けてくれたのです。ノパ自身が理解していないことをケサルが答えたとき、人々はみな彼を賞賛し、喝采しました。ノパもまたこの神託を授ける者の智慧と理解ぶりに感服せずにはいられませんでした。  

 さて、大ホールの床の上に、この地方の象徴的な地図が描かれた特別な布が広げられました。ケサルは未来の予言が書かれた小石が入った黄金のつぼを振りました。すると白い小石が飛び出てきて、描かれたこの城の絵の中央に止まりました。ケサルは「あなたの城はいつも守られています」と説明しました。 

 つぎにケサルが黄金のつぼを振りますと、ふたつの小石が落ちてきました。ケサルは高らかに言います。「畑の労働者たちは、より強くなるでしょう」 

 そのとき白い小さな石がとびはねて、地図の布からこぼれ落ちました。するとケサルは突然雷が落ちたかのように怒りました。

「あなたがたの聖者ノパは、わたしを疑っています! 聖者はただちに謝罪しなければなりません!」 

 それから6つの小石が四方に飛び、ケサルは黙りこくりました。しばらくして彼は重々しい口調で言いました。「あなたがたはチベットのほうから重大な危機にさらされています。とても力があるひとりの戦士が、あなたがたの薬用植物を破壊しにやってこようとしています」 

 彼は間を置いてからつづけました。「しかしあなたがたは、この薬用植物を使ってこの危機を回避することができます」 

 ケサルはつづけて言いました。 

「注意をして聞いてください。乾燥した薬草をすべて貯蔵庫から出して、城の外に積み重ねてください。そして私の帰りを待っていてください」 

 ケサルは見渡すような仕草をして、最後にもう一回小石を投げました。小石が地図の布から落ちるのを見て、彼は警告を発しました。

「混乱しないように気をつけてください。感情や恐怖に動かされてはいけないのです」 

 ケサルはルンジャパ王の横を見てアドバイスを贈りました。「あなたの娘さんは悪い夢を見るでしょう。そして狼狽するはずです。彼女はこの予言を信じようとしないはずです。彼女が言うことには耳を傾けないでください。私の言葉を心に留めてください。なぜならあなたの生命が危機に瀕しているからです」 

 それからケサルは白象に乗って雲間に消えていきました。あとには虚空に軌跡が描かれた白い虹だけが残りました。 

 ケサルが言ったことに驚き、ふるえ、ルンジャパ王と家臣たちは予言者の言葉に厳密にしたがうことにしました。彼らは乾燥した薬用植物をすべて貯蔵庫から出し、城の縁(ふち)のまわりに積み上げました。それは外壁を越えるほど高くなったのです。 

 
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