5 ペマ王女が保管する薬宝を奪う 

 その夜、王女ペマ・チョツォはベッドの上で何度も寝返りを打ちました。朝、彼女は息せき切って父親のもとに行きました。その目は開かれ、顔は青ざめていました。 

 ペマはふるえながら言いました。 

「お父さん、ひどい夢を見ました。この王国が災難にみまわれるのです。夢の中で、太陽がどんどん熱くなりました。山の雪も融けてしまったんです。城の壁という壁も、炎に包まれて熱くなってしまいました。すさまじい風が吹き荒れ、炎は天に達するほどでした」 

 ルンジャパ王は考えました。「あの予言者が言ったとおりになっている!」 

「お父さん! 夢の中にあの使者があらわれました。あの男は甲冑を着て、栗色の馬に乗っていました。この男は信用できません! ペテン師にちがいありません!」 

「おお、わが子よ」とルンジャパ王はなだめます。「このひどい夢は夢にすぎないんだよ。ほんとうに起こったことではない。子供みたいに恐れるんじゃない」 

「でもお父さん、王国が危機に瀕しているのです! 私の言うことを聞いてください!」 

「あの予言者はおまえが悪い夢を見るだろうと言った。だから夢の内容をあれこれ考える必要はないのだ」とルンジャパ王は言います。「わが娘、ペマ・チョツォよ。部屋に戻って、気持ちを落ち着かせなさい。わしをひとりにさせてくれ。もうこの件で煩わせないでくれ」 

 部屋にもどってひとりになったペマ・チョツォは泣き暮れました。「ああ、どうしてお父さんは聞いてくれないの? お父さんや国民を救おうと努力しているのに。でもお父さんの耳は聞こえず、目は見えないのね」 

 一方ケサルは、輝く日光という名の洞窟の近くに戻っていました。そこで彼は美しい女神に変身し、愛馬キャンシェを水晶でできた金剛杵(こんごうしょ)に変身させました。ケサルは水晶の金剛杵にまたがると、瞬時にペマ・チョツォの部屋に移動しました。 

 ペマ・チョツォはそのとき深い眠りに落ちていて、夢の中で聖なるものの存在を感じていました。彼女ははっと目を覚まし、部屋が虹の光にあふれていることに驚きました。天界の音楽が流れ、中空には美しい女神が浮かんでいました。 

「いとしい妹よ、恐れないで」とケサルは語りかけました。「わたしたちの天界の父はあなたを見ておられます。お父さまからの贈り物をわたしは持ってきました。この水晶の金剛杵です。それと、あなたがこの国にいるのはよい目的からだというメッセージを持ってきたのです。この金剛杵は大切にあつかってください。それはいざというときに役に立つのです」 

 ペマ王女は愛らしい女王の言葉にすっかり安心し、食べ物と飲み物、そしてインドの空の色をした類まれなるトルコ石を献上しました。 

 ケサルはつづけます。 

「ペマ王女さま、ひとつお願いがあります。あなたの国には、永遠の生を与えるとてもすぐれた薬草があると聞いています。薬草植物のなかでもその根本となるものだといわれています。ここを出る前に一目見ることはできないでしょうか」 

 ペマ王女はこの宝の薬草はだれにも見せないと、父親に約束していました。しかし女神に感謝の念を感じていて、女神の誠実さを確信していたので、内部屋に隠してあった黄金の宝箱を持ってきてしまいました。それには特別な鍵が取り付けられていて、鍵は美しい青の宝石でできていました。 

 ペマ王女が鍵を鍵穴に挿しこみ、まわして、ふたをあけると、なかの魔法の葉から光線が発せられました。光線があまりにまぶしかったため、彼女は目がくらんでしまいました。その瞬間、ケサルは魔法の力を用いて箱から薬草をとり、そのかわりににせものを置いたのです。本物の薬宝のほうは衣の内側に隠しました。 

 ケサルはほほえんで、薬宝を見せてくれたことにお礼を述べました。ペマは何も変わっていないことを確認して、箱のふたをしめました。そして女神に別れの挨拶をすると、つぎの瞬間女神の姿は消えていました。 




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