4 ドゥクモの登場 ケサル、トトンをだます 

 ケサルが砂漠地帯を放浪しているあいだ、リンではドゥクモという名の特別な女の子が育っていました。ドゥクモを見た者はだれでも、彼女がこの100世代のあいだにリンで生まれたなかでもっとも美しい少女だと言う意見に賛成します。

 ドゥクモの髪はつややかで、目はきらきらと光り、ほほえみは太陽のようでした。彼女はすべてにおいて愛らしさややさしさの輝きを発していたのです。まるで女神が地上に降り立ったかのようでした。ドゥクモが16歳になった頃には、国中の男という男が彼女と結婚したいと思いました。

 ケサルは、ドゥクモと会ったことはありませんでしたが、その存在は知っていました。というのも予言はこうも言っていたからです。

「リンの国王は光のように輝き、きらめく者を王妃とするであろう。国王はまた、風のように走り、人間の声で話す駿馬に乗るだろう」

 ある夜、ケサルの夢の中に天界のものがあらわれ、言いました。

「ケサルよ、おまえがここでやるべきことは終わった。もしすぐにリンに戻らなければ、おまえの王妃となる者も、不思議な力を持った馬も失い、おまえは国王になることができなくなるだろう」

 ケサルは魔法の力を用いてトトンを打ち負かすことができたが、真の国王は、魔法や権力ではなく、国民に忠実で、愛することによって治めることができるのだということを知っていました。彼の心のなかに青写真が描かれようとしていました。計画が達成されるためには、母ゴクモやいとしいドゥクモだけでなく、悪しきトトンの助力も必要となるでしょう。

 その夜、ケサルは大きなワタリガラスに変身し、リンに飛んでいきました。トトンの薄暗いテントに入り、つぎのような言葉で起こしました。

「高貴なるトトンさま! 私は神々からの伝言を持ってまいりました。明日、あなたはリンの国中の有力者を集めて会合を開かなければなりません。そして老王が身罷れて、天界に召されたと宣言してください。国王が不在となるので、すぐに競馬を開催する必要があります。この競馬の勝者はリンの支配者となります。新しい王は美しいドゥクモと結婚し、国の財宝という財宝を手に入れることができます。

 リンのあらゆる人、すなわち上は名門貴族から、下は乞食にいたるまで、競馬に招待されねばなりません。ならず者のケサルでさえ招かれて、王冠をめぐる競争に参加することが許されるべきです。もっとも、生きていればの話ですが。勝者が王位に就くことにたいし、だれも不服を申し立てることはできません。

 高貴なるトトンさま! 天界の神々はあなたが勝者になるという決定を下しました。あなたのこのうえなく強い馬はたやすくほかの馬を打ち負かすでしょう」

 トトンは貪欲で、虚栄心が強かったため、ワタリガラスの言葉にころりと騙されてしまいました。ワタリガラスに深々とお辞儀をしながら、トトンはすばらしい青空の色のトルコ石をわたし、言われたとおりのことをすると誓いました。ワタリガラスはうなずくと、トルコ石を爪でつかみ、その力強い羽根をバサバサと羽ばたかせ、視界から消えていきました。

 トトンは眠ることができませんでした。

「おれさまが国王に選ばれるとは、なんと理にかなった選択であることよ。もうすぐあの美しいドゥクモを抱きしめることができるのだ。リンのすべての財宝を手にすることができるのだ」

 蜜のように甘い言葉をワタリガラスから受け取ったものの、トトンが競馬で優勝者となることを伝言が確約したわけではありませんでした。

 思慮深く、温和な老人チポンが立ち上がり、語りかけた。

「トトンよ、神々がおまえのところを訪ねたかどうか、わしは知らぬが、論争やねたみあうのはやめて、国王を選ぶときがやってきたのは間違っておらぬ。競馬によってわしらは国王を迎えることができる。そして平和がもたらされることになる。ドゥクモはすばらしい王妃となるであろう。しかしまだ若く、なにも試されておらぬ。ここで彼女にケサルへの伝言を運んでもらってはいかがかな。彼女を試すいい機会となるであろう。あとはゴールの線を最初に破る最高の者を待っていればよい」

 有力者たちは、チポン老人が言った王位と財宝を賭けた競馬の開催に賛同しました。設定された競馬のコースは、リンのいくつもの丘や谷をめぐるもので、困難を乗り切る強さをためすにはもってこいです。若い勇士であるチャンパはドゥクモのところに派遣され、彼女が王妃になること、そして彼女がケサルを探し出し、競技に参加させねばならないことを伝えました。

 同じ日の夜、ドゥクモは奇妙な夢を見ました。すばらしく美しい虹が空にかかっていました。虹が地上に触れると、そこからハンサムな若者があらわれました。

「ぼくはケサル王です」と若者は言いました。するとまわりの花々がいっせいにほころび、鳥たちは歌をうたいはじめました。

 太陽が沈んで夜がやってくる頃、チャンパは両親のテントの横に立っているドゥクモを見つけました。

「ドゥクモさん、あなたはみなからとても尊敬されています。このほどリンの全体会議であなたがリンの王妃に選ばれました。あなたの夫となる国王は、競馬の競技で優勝した者がなります。しかし競技がおこなわれる前に、あなたはひとりで北方の砂漠地帯へ行ってケサルを連れて戻って来なければなりません。ケサルがまだ生きていればですが」

「北の砂漠へ行けですって?」とドゥクモは思わず叫んでしまいました。「そしてリンの王妃になる、ですって? わたしのここでの生活はどうなるんですか? 家族や友だちはどうなるんですか?」

 ドゥクモは夢の中で見た若者のことを思い出しました。すると恐怖やためらいが彼女のなかから消えていったのです。

 

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