5 ドゥクモ、砂漠にケサルを探す 

 夢の中のケサルを探す決心をしたドゥクモは、チャンパが指示したとおり、4週間分の食料を準備しました。翌朝、彼女は家族にしばらくの別れを告げ、以前ケサルと母ゴクモが通ったのとおなじ峡谷や渓谷をひとり進んでいきました。

 日中は、ケサルの名を呼びながら、荒涼とした景色の中、馬を走らせました。夜になると、ごつごつした地面に毛布を敷いて寝ました。

2週間がたったころ、広大な平原の端に着きました。そのとき遠くにひとつの影を見かけました。近づけば近づくほど、その陰が若者であることがわかり、喜びにドゥクモの心臓は高鳴りました。

彼女のほうに背を向けて若者は立っています。彼は7匹のナキウサギが目の前で円を作って走り回っている様子をじっと見つめています。

「ケサルさん!」とドゥクモは声をかけました。「あなたでしょう?」

 振り返りもせず、ケサルはこたえました。

「そうです。ケサルは、人々がぼくを呼ぶ名です。しかしあなたはだれですか? 絹や宝石に飾られた服を着て、こんな砂漠のまんなかにやってきて、ぼくの遊びを邪魔しようというのですか?」

「ケサル、わたしはリンのドゥクモといいます。あなたにお知らせする重要な知らせがあります。勝者がリンの国王になるという大きな競馬大会が開かれます。わたしはその競馬大会の勝者の妻となる身なのです。どうかリンに戻って、大会に参加してください。わたしはあなたがどんなかたかよく存じません。しかしケサル、大会ではあなたに勝ってほしいのです」

 自分の言った大胆な言葉に恥ずかしくなり、ドゥクモは顔を真っ赤に染めました。ケサルは彼女のほうを振り向くなり、大声で笑いだしました。ボロボロの服を着て、髪はぼさぼさだったけれど、ケサルの顔は力強く、ハンサムでした。彼の澄んだ目は、彼女の心を射止めました。彼はドゥクモの手を取りながら、言いました。

「ぼくがどうやって競技に出るの? 鞍も手綱もない、木の棒のおもちゃしか持っていないのに。それに服といったら、いま着ているこのぼろぼろの服だけで、人前に出られたものじゃない。それにそもそも、ここには小さな友だちがたくさんいるので、ここを出ていくつもりなんてないよ」

 彼は一呼吸置きました。そしてよりおだやかな調子でつづけました。

「正直に言いますと、すばらしい馬を一頭知っています。彼、つまりその馬は、ここと天界の間のどこかを放浪しています。彼はぼくのところに来ようとしません。それは長い間、ぼくが彼のことを無視してきたからです。ぼくは手綱や鞍、武器などを持っていますが、それらは水晶の洞窟のなかにしまわれていて、取り出すことができません。だからドゥクモ、どうしてもぼくにリンへもどってほしいなら、あなたは馬や鞍を取って来なければならないのです」

 ドゥクモの心にふつふつと怒りがこみあげてきました。

「ケサル、わたしはこの荒地を何週間も、あなたの名を呼びながら必死で探し回ったのよ。あなたが生きていることを願ったわ。夢の中にまで見たのだから。でも、いまわかったわ。競技に出て、わたしの夫になって、国王になるより、ナキウサギの競技のほうに夢中になっている無精者だったのね。勝手に自分で馬と鞍を探すといいわ。わたしはほかに王子さまを探すから」

「ドゥクモさん」とケサルはやさしく言いました。「あなたはとても美しいけど、それだけでは王妃になる資格はないですよ」

 ケサルが軽くドゥクモの肩に触れると、たちまち彼女の美しい衣は汚く、ぼろぼろになりました。恐怖のあまり髪をまさぐると、それは刈りこまれ、雑巾のようにガサガサになっていました。肌に触れると、それは荒れて、カサカサになっていました。

 パニックになってケサルの目を見ると、彼は揺るぎないまなざしでドゥクモをみつめていました。突然彼女はケサルが何を教えようとしているのか、理解しました。見た目の美しさにうぬぼれを持つなんて、ばかばかしいことなのです。若さなんて、長くつづくものではありません。ある日、自分は老人になっているでしょう。自分がどんなおこないをしているか、心が善良であるかどうか、それだけが真に重要なのです。

「ケサル、わたしはあなたのために馬と鞍を見つけましょう。そしてあなたの横に乗ってリンまでいっしょに戻りましょう」

「ありがとう、ドゥクモ」とケサルはあたたかく言いました。「ぼくにはあなたの助けが必要なのです」

 その言葉が発せられると、ドゥクモの肌は元通りに柔らかく、なめらかになり、髪は長く、つややかに光っていました。ぼろぼろの服も、美しく輝いていました。彼女は前よりもさらに美しくなっていました。それは高慢さが消えたことによる内側から出てくる美しさでしょう。

 ドゥクモの手を取り、ケサルは小さな家に案内しました。そこでは母ゴクモがちょうど晩ごはんの支度を終えたところでした。ゴクモは根っこや薬草を使ってシンプルだけどおいしいシチューを作り、ごつごつした粘土の器に入れて息子たちに出しました。食事中、ケサルは驚くべき馬について語りました。

「彼(馬)の名はキャンシェイ、すなわち全知なる者です。彼は普通の馬ではありません。彼の肌は泉の水のようにきらきらと輝き、ルビーのように赤いのです。耳は鷲の羽根のようです。青黒い鬣(たてがみ)と尾は絹の旗のようです。彼が走ったあとには渦巻きができます。彼はその飛翔能力、言葉の知恵、思いやりの心は祝福されるべきものです。

 この瞬間も、キャンシェイはここから遠くないところで、100頭の雄馬と100頭の雌馬と遊び戯れています。この馬を捕えてなだめるためには、ゴクモの助けが必要でしょう。彼には彼なりの考え方があります。早く行ってください。そうしなければ永遠に彼を失ってしまうでしょう」

 

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