サムテン・リンで捕らえられる
雪に閉ざされた山上は危険きわまりない。割れた峡谷は暗く、底知れぬ深さがあり、足を踏み外したら、二度と戻ってこられないだろう。忍耐強く下山し、雪道と林が交差する地点に出たところで、小坊主を連れた、サムテン・リン(bSam gtan gling)から来た僧と出会った。
「今日雪山の頂に火が見えましたので、人がいるのではないかと思いました。ここは険しく、人がいるはずもございませんが。それで確かめようと近づいて参りましたら貴下と出会った次第です。貴下がいかなる理由でどこから参られたか、わかりませぬが」と怪訝な様子である。
この老僧は賢者として名高いヨンデン・タルギェ(Yon tan dar rgyas)だった。タルギェは私を家に招待しようとしたが、私は断った。その夜は祖師ツォンカパが修行した洞窟に滞在した。タルギェは小坊主に洞窟までお茶をもってこさせた。しかし彼らに正体を見破られるのではないかと恐れ、そこはそそくさと離れた。
後日聞いたところによると、その日オデ・クンギェル山の頂に上った煙は多くの人に目撃され、吉祥のしるしが現れたとして、官府に報告されたということだった。
翌日サムテン・リンに到着し、しばらく滞在した。しかし私のことがラザン汗の耳に入り、調査隊が派遣された。こうしてついに、私はオルカのタクツェ・ゾン('Ol kha stag rtse rdzong)の最上階の小部屋に幽閉されることになった。周囲にはたくさんの看守人がいて、昼夜見張った。
二人のゾンプン(rdzong dpon 地方長官)は、モンゴル人のジェサン(Jas sang)と顔見知りのチベット人のドゥンコル(Drung ’khor)だった。[当時、ゾンプンはチベット人、モンゴル人双方から一人ずつ選ばれていた] チベット人は私にたいしてうやうやしく接していたが、モンゴル人は私に敵意を抱いていた。囚われの身の間、私は修行に励んでいた。
ある夜、満天に星が輝き、月は皓々と輝いていた。悶々としていると、天に大威徳本尊(ドルジェ・ジクチェ)、すなわちヴァジュラ・バイラヴァの御姿が現れた。その御身体は銀色に輝き、顔や手足もはっきりと見えた。それが次第に消えていったあと、窓という窓、扉という扉はすべて開け放たれた。このとき逃げ出そうと思えば、逃げ出せたかもしれない。
しかし私は高いびきをかいて眠っている看守たちを揺り起こし、「守衛のみなさま、窓も扉もみな開いてますぞ」と声をかけた。
看守たちは眠そうに起き上がり、窓や扉を閉めようとした。ある者は泣きながら、「逃げようと思えば逃げられるのに、どうしてお逃げにならないのですか」と言った。
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