ロジャとの再会、そしてチベットのタクポへ
またさらに何ヶ月も旅をつづけ、ある大きな村でロジャや巡礼仲間と再会した。いっしょにネパールへ戻り、そこでこもりの修行をし、安楽の境地を得た。修行をしている間もコンポから来たロジャは甲斐甲斐しく仕え、働いてくれた。いまも健在であることを願ってやまない。
木の馬の年(1714年)、ニェナム、ディンリなどを経て、わが生誕地モンユルをかすめるようにして、コンポ地区を通り、ダクポ・タツァン寺(Dwags po grwa tshang)にたどりついた。そのあたりでは私は隠密行動を取っていた。私は当時ダクポ・シャプドゥン(Dwgags po zhabs drung)あるいはダクポ・ラマと呼ばれていた。[訳注:モンユルの記述がないことから、作者はモンユルに行ったことがないのだろうとマイケル・アリスは推測している。また彼(主人公)はタクポ・シャプドゥンを名乗っているが、少なくとも二人の転生(アラシャンのダクポ・トゥルク)とつながっていることを指摘している]
このあとダクポ・オル川下流で沐浴し、ヤルルン・ツァンポ川に至った。岸辺のチャムナク(Cham nag)地方の大きな岩の上には、尊者の全身の跡がついている。
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