幼児の筆者、尊者に抱かれる
当時私は二歳で幼く、まだ歩けなかった。尊者は私を抱きかかえ、慈愛をこめて頭を撫でた。私のたどたどしい話も聞いて、お喜びになっていた。私は尊者の膝の上でおしっこをもらしてしまったが、「これはよき兆候である」とおっしゃった。
翌日、尊者を家に招き、成就王法(grub rgyal lugs)という長寿祈願潅頂をおこなってもらった。尊者はたいへんお喜びになり、儀礼を終えたあと、「世尊の教えを遵守します」という句を唱えられた。わが父バズラチャップ・タイジは手を合わせて、「どうかここにお留まりください。我らはそのために福田(ふくでん)に功徳の種を蒔いてきたのです」と嘆願した。
すると尊者は「そうしましょう」とお答えになった。
儀礼を終え、お茶を飲む頃、父バズラチャップは重ねてお願いした。
「ぜひお留まりください」。
「いま申したとおりだが」。
「いましがた快諾されたとき、あなたさまは耳に心地よい返答をなさっただけかもしれません。もっと慈悲の気持ちをいただきたいのです」
「たしかに先ほどは心ここにあらずだったかもしれない。だが言葉に出した以上、それを考え直すことはないのですよ。ここに来たとき、あなたの家に留まることになるのではないかと考えました。
もともとは、五台山や北京の宮城(紫禁城)、普陀山(Ri bo grub ’dzin)、さらに北方のシャンバラにも行こうと思うようになりました。
以前、聖なるメトクタンギ・ラモランツォ湖(Me tog thang gi lha mo’i bla mtsho)を訪れたとき、湖にマクソルマ女神(dMag zor ma)が現れ、中国、チベット、モンゴルなどを現出させ、さらにあなたがたのアラクシャー(アラシャン)地方の地形や暮らしの様子をも示されたのです。
あなたのお子さんはいま母親の胸に抱かれています。母子とも、十分に福を受け取ることができるでしょう。しかしこのことはしばらく外に漏らさないようにしてください。チベットからシャプ・ドゥン・ラマが来たとは言わないようにしてください。聖なる教えと衆生の利益のために、いま私は遊行僧に扮しているのです。いつか私の身元を天下に白日堂々とさらすことのできる日が来るでしょう。しかしいましばらくは、秘しておいていただきたいのです」。
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