アガルタ
6 不可能なミッション
おばあちゃんは数多くのスピリチュアルな存在との間にコンタクトを持っていた。そしてぼくが自分の務めだと考えている「旅」に関していえば、まちがいなくいいコネクションといえた。彼女はオカルトに興味があるすべての知人に電話し、土曜日、彼女の家に集まるよう招待した。
地球の空洞の都市テロスについて語ると、だれもが耳をそばだてた。集まったのは二十四名だった。土曜日、彼らがやってくると、広々とした居間はたいへんなにぎわいとなった。おばあちゃんはコーヒーとケーキをみんなに出した。だれもがぼくのまわりで押し合いへし合いしながら、テロスについてたずねた。
ぼくは簡単なレクチャーをおこない、質問にこたえた。ひとりの男が気になった。最初、背景の中に溶け込んでいて目立たなかったが、しばらくしてぼくに、ダラルナにずっと滞在するつもりなのか、それともストックホルムでテロスについて語るつもりはないかと聞いてきた。ぼくはこのチャンスに飛びついた。
すぐにぼくは、テロスに興味を持つのは超心理学(パラサイコロジー)に親しみがある人々だけだと理解するようになった。ファルンでの最初のレクチャーに集まったのは七名だった。ケイオスと呼ばれる新しい知人カール=オロフ・ストランドは変わることのない友人となった。彼は懸命に超心理学について教えてくれた。彼は離婚歴があり、最近退職したばかりで、フローダ郊外の家に住んでいた。つまりご近所さんなので、いつでも会えることを意味した。
地球の内側にひとつの世界が存在するということに確信を持つのは、ある人々にとってはとても困難だった。なぜいままでだれもそのことを知らなかったのか? ぼくが真実を語っているとどうやったら確かめることができるのか? ぼくは「スピリチュアルな詐欺師」ではないのか?
ミッションに関して疑いをいだきはじめたぼくを慰めてくれたのがカオスだった。彼は博士号を持ち、とても知的だった。ぼくのレクチャーに彼がいてくれることによって、レクチャーの信頼度は高まった。地球の内部にアガルタという居住世界があると信じるのは、どう考えても尋常ではない。詐欺話に映ったかもしれない。ばからしい、ナンセンスとされる話をつづけていたら、ぼくは精神病院か警察の留置場に送り込まれただろう。ぼくはつめに脅威にさらされた。新聞各紙がかぎつけたとき、事態はもっと悪くなった。カオスはぼく自身が指名したボディガードみたいなものだった。彼はとてもよく知られたアカデミックな人間だったので、興味深い記事が書かれる場合は彼によるところが大きかった。しかし彼がサイエンス・フィクションに真剣な興味を持っていたのも事実だ。
おばあちゃんはいつも勇気づけてくれた。唯一の孫を守ることに奮闘するさまは称賛に価した。彼女の一部の友人やフローダの住民の大多数がぼくのことをこころよく思っていなかったとしても、彼女は気にしなかった。
犬を購入したのはよくなかった。二歳のオス犬で、主人を守るために訓練されたグレート・デーンだった。ぼくは犬をティッチと名づけたが、それは犬がばかでかかったからだ。食べるのもいっしょ、寝るのもいっしょ――ぼくたちは世界でいちばんの親友になった。いつもぼくのお供をしてくれたので、ティッチにたいする尊敬と称賛はいっそう高まるばかりだった。前の主人は老婦人だった。彼女は犬を連れて散歩できなくなってしまったので、手放したのである。こうしたことの段取りをしてくれたのは、もちろんおばあちゃんだった。ぼくが腰よりも高い大型犬ティッチをつれて散歩に出る光景は、しだいにおなじみとなった。ティッチは輝くような黒い毛の犬で、人を感服させるのに十分な威厳を持っていた。ティッチはいまもテロスにいるはずだった。地上に連れてくることはなかった。まだそのときではないとぼくは考えたのだ。
短すぎるスカートやこってり化粧した目、奇妙なヘアスタイル――地上の女たちをぼくは好きになれなかった。彼らの多くは美しく、実際、一部はとても「まとも」だったけど、ぼくのテーマに興味津々なふりをしているのは、ぼくとベッドをともにしたいからだった。地上が地下の住人のことを心配するとも思えなかったし、逆もそうだった。まあむしろそのほうがよかったのだけど。言葉を変えるなら、ぼくは地上の女たちに囲まれながらも、彼女らに恋することはなかった。
ぼくが話すことができたのは、おばあちゃん、カオス、ティッチだけだった。彼らはみなぼくが表現するのを手伝ってくれた。ある夜、暖炉の前でみながくつろいでいるとき、おばあちゃんは聞いてきた。「ティモシーや、おまえはここに滞在し、実行するつもりなのかい? これが心に描いていたことなのかい? もうここに来て三か月になる。しかしスウェーデン人はだれもテロスの存在を信じていないようよ。あたしはテレビ局ともコンタクトをとったけれど、彼らは興味を示さなかった。主張を裏づける証拠は何ひとつないからね。難破して未知の人に救助されたことなら証明できるでしょう。あんたを中傷する連中は、それはカナダの山脈に住む未知の部族だと主張している。あんたが旅しているあいだのことはすべて耳に入れているよ。それは心配の種でもあるの。スウェーデン人はいつも証拠をしめされないと信じないのよ」
「証拠だって?」ぼくはつぶやいた。「証拠が足りない? ぼくは思考だけで物を動かすことができる。人々の心理に影響を与えることができる。必要とあらば、見せることだって……」
「みんな魔法トリックは好きじゃないわ」いらいらしておばあちゃんは言った。「あんたのアイデンティティを証明するのはパスポートだけよ。それ以上のものが必要なの、ティム。理解するための知識と洞察が必要なの。地球内部より宇宙に生命が存在すると証明するほうが簡単なんだから! 宇宙の存在とコンタクト取りたかったら、ガイドのメルチゼデクを通して取ればいいの。でもまずあんたにやってほしい。あなたにはミッションがあるでしょ。そしてわたしはあんたを助けるって約束した。それをいまやっているところよ」
ぼくはティッチをつれてより遠くへ歩いていった。森の中で犬の首輪をはずすと、ティッチは寄り添ってきた。熟考するのにいい時間だった。テロスでマヌルとともにいてダンスしているときに会ったビューティについて考えていた。彼女やマヌル、驚くべき「ワンダーランド」について思いをめぐらすと、活力がわいてきた。同時に自分のミッションを重荷に感じるようになった。ぼくはマヌルを呼び出すことに決めた。助けは必要だった。小さなホイッスルを吹くと、マヌルがやってきた。
「いったいどうしたんだね、ティム」彼はたずねた。森の中で彼は緑の衣をまとい、コケや木々とともにあらわれた。
「やあ」ぼくは声を上げた。「ここにいたほうがいいのか、アガルタに帰るべきか、悩ましいのです」
変化を察知して、ティッチは疾駆して戻ってきた。マヌルを認識すると、犬はとっさに立ち止まった。猛烈に吠えたてるのではないかとぼくは思ったが、マヌルはしゃがむと犬の輝く毛色の首をなではじめた。ティッチは頭をマヌルに押しつけ、かたわらのコケの上に寝そべった。
「テロスに犬を連れてきても、歓迎されるだろう」とマヌルは言った。それを聞くと、いますぐにでも出発したくなるのだった。しかしマヌルは手をあげて言った。
「実際のところ」彼ははっきりと言った。「わたしを呼ぶ必要はなかったようだね。これはきみだけの問題だからだ。選ぶのはきみだ。心に聞けという以外、ぼくからのアドバイスはないよ。きみは理解することになるだろう。何が正しくて、何がまちがっているか、ぼくは言うことができないんだ。心の中の常識に耳を傾けるんだ。感情にとらわれるのはよくないからね」
これはポイントをついていた。間違った方向に進んで迷うのが恐いように、ぼくはいつも解決すべき問題をかかえていた。ぼくは衝動的なほうで、ときには自分を律しなければならなかった。いや、いつものことか……。
「ありがとう」とぼくはゆっくりと言った。「不必要なのに呼んでしまってごめんなさい。でも決心するのを助けてくれた」目を上げると、マヌルの姿はもう消えていた。おそらく時間と領域に制限されたホログラムだったのだろう。
マヌルが消えたことに関し、ティッチは特別な反応を示さなかった。犬は吠えると、ぼくが倒れそうになるほどゴリゴリと鼻をぼくの脇に押しつけてきた。それは犬の愛情のしるしだった。ぼくは笑い、家へ向かって駆け始めた。
ぼくは車を持っていなかったけど、おばあちゃんが自分のアウディを貸してくれた。シアトルに戻るまではもう少し待たなければならなかった。ああ、愛しい我が家。いくつわが家を持っているんだっけ? ともかく、ぼくはアウディをすっ飛ばして(速度制限をはるかに超えていた)カオスと会うために、ジュラスへと向かった。ティッチは後部座席であえいでいた。
⇒つぎ