アガルタ 

28 インディアンの智慧と生命の火 

 

 ヴァレンチノはぼくの部屋の扉をノックした。彼は全くもって意気盛んに見えた。マヌルは彼の後ろにいて満面の笑みを浮かべている。こんな大きな笑顔は見たことがなかった。彼は笑顔の専門家だ。

「今日はワクワクさせられる日になるね!」ヴァルは叫んだ。「インディアンに会えるなんて」

「さあ、行かせてくれよ、坊や」マヌルはたしなめた。「わたしが説明しよう」彼はぼくや妻といっしょに坐った。ヴァルはティッチを相手にハグの勉強会をはじめていた。

「インディアンは大陸が形成されたとき以来アガルタに住んでいるんだ」マヌルが話し始めた。「きみたちはそのひとりと会ったばかりだ。アルベルト・アベルタスとね。この人とはまたすぐに会えるだろう。インディアンの文化は時とおなじくらい古い。そしてここではもっとも高く評価されてきた。ほとんどのインディアンは五次元に属している。ここに到着したばかりのわずかなインディアンだけが三次元の者なのだ。ここに長年過ごしている者はもっとも賢いと考えられている。

 われわれはひそかに現在のインディアンとコンタクトを取っている。彼らは入口を持ち、トンネルはペルーとその他のどこかとつながっている。彼らはすばらしいコミュニケーション・ネットワークを持っているのだ。彼らはアガルタの伝統主義者と考えられている。

 彼らの智慧は無限である。彼らの無条件の愛、すべてのなかでもっともよく保存された彼らの文化もそうである。ただし一つだけ問題がある。彼らは見知らぬ人に対して疑い深いのだ。だからアルベルトとわたしがここに来たのだ。彼がいなかったら、インディアンたちはわれわれを入れてくれないだろう。それほど彼らは地上で辱めを受けてきたのだ。彼らの王国に入るためには確かな紹介がないと許されない。ヴァル、きみも法王の息子だということは忘れたほうがいい。不利になるだけだからね」

「ぼくはいつだってインディアンが好きだよ」ヴァルは必死に否定した。「ぼくは小さいときに何トンものインディアン関連の本を読んだよ。いつも彼らの扱いはひどかったと思ってきたよ」

「いまでもひどいけどね」ぼくは付け加えた。「彼らと会えるなんてうれしいよ」

「ここには階層のいさかいはないんだ」マヌルはつづけた。「父なる神の面前ではすべてのものが平等なんだ。ただ地表居住者からの悪い考え方は望んでいない。頻繁にその考え方がやってくるからね。でもアルベルトといっしょなら何の問題もないだろう。彼はいかなる瞬間にもいることになるだろう」

 われわれは「いつでも(any minute)のような時の表現は一般的には使わない。なぜならアガルタ人は時計によって生きているわけではない、自然のしるしによって生きているからだ。しかしほんの数分後にアルベルトがノックし、われわれは外で待っていたホバークラフトに入った(entered)。入る(enter)はいい言葉だ。三段の急なステップをのぼって車輪のないオープンカーに見える乗り物に乗り込んだ。この乗り込む(embark)もいい言葉だが。

 ティッチはホバークラフトにすっかり慣れて、いつも彼が一番乗りで前列に坐り、ぼくのスペースはわずかだった。シシーラは家に残っていた。結構忙しかったからである。実際ぼくの急な要望にこたえて、ヴァルのために用意した土地がどうなっているのか見に行ったのだった。彼は近く結婚しようと考えていた。赤毛のおてんば娘ティーラに恋い焦がれていたのである。シシーラはティーラの両親を子供のころから知っていた。

 インディアンの国への道はどこまでも続いた。風景はすばらしく、圧倒的だった。砂漠や雑然とした荒野はなくなっていた。土地は耕され、その合間に休憩のための場所、瞑想のための場所があった。アガルタでは見たことがないほどたくさんの花が咲いていた。マヌルは鼻が豊富なのは王国の根本システムのおかげだと説明した。システムによって空気は清浄化され、香りのいいメッセージとともにポジティブなエネルギーを獲得し、それは居住者の健康的な生活に寄与した。

 われわれはおだやかに着陸した。まわりを見まわしていると、待ちきれなくなったティッチがぼくの服の袖を引っ張ってぼくを外に連れ出した。空気はマヌルが約束したようにおだやかでさわやかだった。風景はロマンチックな夢のようだった。障壁のようなものはなかった。ただ山なみや湖、高い木々、咲き誇る花々が延々とつづくだけだった。整然とした建物はなく、小枝で編んだ塀に植物が絡まっているだけだった。アルベルトがほかのホバークラフトから降りてきて、ぼくたちをアガルタの彼の地域に迎えてくれた。

 本当にこれは素晴らしいことだ。

 ところどころにトーテムポールがあった。それらは宝石で作られていて、地表にものとは厳密には違っていた。美しく磨かれた多数の石の上ではしゃぎまわる陽光がわれわれの目をくらませた。それらのまわりには飾られたクッションの載った石が半円形に並んでいた。すべての創造の根源、真実の神だけが崇拝されていた。

「ここに生命の火がある」アルベルトは曲がりくねる道を指しながら言い放った。道を歩いていくと、まもなくして丘の麓に着いた。われわれの上、丘の頂上には光輝く建物があった。あまりにもまぶしくて目を開けていられなかったほどだ。

「生命の火は訪問者の若さや活力を取り戻してくれるんだ」マヌルは説明した。「それは彼に思考と行為の大いなる明晰を与え、病気の痕跡を取り除き、ジョワドゥヴィーヴル(生きる喜び)で満たすのだ。すべての人々はそれで浄化されなければならない。しかしそれは不幸なことに不可能である。最高幹部は決定を下すことができるのだ」

 ぼくはおばあちゃんと幼い頃スウェーデンを訪ねたときにおばあちゃんが話してくれた物語を思い出していた。それは聖なる火によって若さと幸福を取り戻すという物語だった。それはここだったのだ! またテロスにも部屋があり、そこでも若さと活力が取り戻せるのをぼくは知っていた。この奇妙な国ではあきらかに重要なことだと考えられていたのだ。

 われわれの健康が何よりも重要だ。それなしでは人生の大海を漂うみじめな船にすぎない。地表には医者もいれば病院もある。でもアガルタのヘルス・センターのほうが好きだ。マヌルによればすべての種族や村が同じような施設を持っているという。地上では病気が経済市場を持っている。それは完全に不必要なものだ。どうやって病気を治すのかはあとで示したい。

 アルベルト・アベルタスが特別な、内部が絡み合った村を紹介してくれたので、その奇妙な構造をぼくは学ぶことができた。お城もなければ、大邸宅もなく、丸い、あるいはまっすぐのいくつかの壁が圧倒的に繁茂している枝葉の間から見えた。家々はわれわれが住むべき場所のようだった。ここには信じがたいほどの構築物が建ち、人々とともに生きていた。われわれはどこでも、けばけばしい、カラフルな格好の人々を見た。彼らはあたりを走り回り、古いスタイルの仕事で忙しそうだった。

 アルベルトはぼくが混乱しているのを見て取った。しかしバレンチオはぼくが質問するのを期待している風だった。「この人たちはどうやって生計を立てているのですか。彼らが必要とする物を生産する工場はあるのですか。ぼくからすれば、この人たちは何百年も前に生きているみたいだ」

「きみはもう、必要としているものはすべて自分たちで作れることを知っておくべきだろう」マヌルはぶっきらぼうに答えた。われわれは自分たちの手で医薬品を作り、治療法を知っているのだ。ここでも子供たちが病気にかかることはある。人々は胃痛にさいなまれるかもしれないし、歯痛や頭痛に襲われるかもしれない。事故は起こりうるし、きみみたいにケガをすることもある。すべてのことに対する薬をわれわれは持っているのだ。ここの人々は森の中でハーブや根を探し、ハーブ薬を作るのだ」

「アボリジニはおなじことをするの?」ヴァルが聞いた。

「まったくその通り」アルベルトは答えた。「わたしたちにはわたしたちの伝統がある。名前が何であれ、すべての種族はそれぞれ独自の文化を持っている。しかしわれわれはおなじ神、根源、創造者、愛の言葉、すなわち始原の言葉を持っているのだ」

「あなたがたは同じような崇拝の場所を持っていますか」ぼくが質問をする番だった。

「さまざまな文化が意図的に異なる崇拝の場所を持っている」アルベルトはこたえた。「人々は信仰に安楽を感じるものだ。もし信仰が両立できるものであれば。われわれは人々の差異を尊重する。問題が起これば、われわれで解決するのだ」

「あなたはいつもそう言っている!」ぼくは抵抗した。「いつもそんな不確かな言葉を言っている。問題が起きたら、だれかが対処してくれるの? 黙ってただ心の中で泣くしかないんじゃないの?」

「オールド・マザー・シャルナは生命の僕(しもべ)だ」アルベルトはこたえた。「われわれは彼女にたずねるのだ。あなたはわたしが与えるよりもいいこたえを得るだろう」

 巨大な岩の傍らの湿地帯に草地があり、火のそばに女が坐っていた。彼女は大鍋のなかをかき混ぜながら、ときどき味見をしていた。彼女は小柄で痩せていたので、肋骨が飛び出ていて、青白い顔は皺だらけだった。彼女の目や鼻、口は皺の中に埋もれそうだった。髪もくしゃくしゃした感じかと思ったら、驚いたことにまったく違っていた。オールド・マザー・シャルナはライオンもうらやむような見事なたてがみの持ち主だった。彼女は輝く黒い巻き髪を持っていて、それが顔を覆っていた。彼女はすこぶる印象的な見かけの持ち主だったが、話すとおしゃべりなカササギのようだった。しかし彼女の言葉は無地のキャンバスの上の刺繍のように明瞭だった。彼女はわれわれの顔を交互に見た。あなたが想像する以上に彼女は強くじっと見つめた。

「素晴らしい健康的な人たちの訪問を受ける喜びは、はて、誰に感謝すればよいのかの?」彼女は醸造酒をかき混ぜながらたずねた。「わしは病人を治すのにちと忙しいのじゃが。まあ、神の道を見失った人々ということじゃ。彼らは青銅の彫像の上をシラミのように這いまわっていることじゃろう。だがあんたは道を失ったようには見えぬは」

 アルベルトは彼女に寄りかかり、耳元で何かをささやいた。彼は彼女の歯のない笑みを見て、うなずいた。彼女は一瞬だが、大きなひしゃくから手を放し、鉤爪のような爪で左肩の向こうを指した。われわれはアルベルトにつづいて枝をかき分けて進み、大きな岩山に隠された割れ目にたどり着いた。それは洞窟の入口だった。

 ぼくはまた心の準備ができていない光景と出会うことになった。ヴァルはぼくの肩をつかみ、ささやいた。「いったいこれは何なんだ?」

 

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