アガルタ    

30 アボリジニーとともに 

 

 アボリジニーは少し遠いところに住んでいたので、ホバークラフト(ぼくはそれをわれらのロールスロイスと呼んだ)で行く必要があった。オールド・マザー・シャルナにかけられた魔法のせいで霧の中をウトウトしていたが、突如ドサッと音を立てて機体がどこかに着陸した。

 われわれは木々に囲まれた小さな谷にいた。まるで巨人の手でばらまかれたかのように巨岩があたりにゴロゴロしていた。巨岩の合間には草が伸び競っていた。川とも呼べそうな広い小川が谷間を流れていた。アボリジニーはいたるところにいた。水を汲んだり、沐浴したり、大声でおしゃべりしたりしていた。身につけているものといえば褌(ふんどし)くらいのものだった。彼らはこちらを見て友好的に、楽しそうに叫んだり、手を振ったりした。背の高い、しなやかな男が、輝く茶色の肌に水を滴らせながら、大股で歩いてやってきた。彼はシミひとつないきれいな極小サイズの褌(ふんどし)をはいていた。

「ようこそ!」彼は手を伸ばして握手を求めながら大声で言った。「ぼくはトーミです。ここへようこそ。あそこの空き地でみなさんのために料理を作っているところです」。彼は小さな岩を指さしたが、われわれにはよく見えなかった。「小さな鳥が、あなたたちがこちらに向かっていると教えてくれたのです」と彼はつづけて言った。

 始まった耳をつんざくようなコンサートに鳥は関係なかった。五人のはだかの少年がアボリジニーの長細い風の伝統楽器ディジェリドゥーを演奏していた。ティッチは鼻先をわが腕にうずめてきた。音楽は彼の好みではなかったが、しばらくするとお気に入りになっていた。われわれははだしで歩く210センチののっぽのトーミのあとについて岩のあたりをぞろぞろと歩いた。そこには驚くべき光景があった。

 花で飾った愛らしい、黒髪の少女たちが長いテーブルのまわりで歌い、踊っていた。テーブル上にはあらゆるおいしそうな食べ物がそろっていた。ぼくは食べ物に目がくらんだティッチの首輪をつかんだ。おなじように食べ物につっこんでいきそうなヴァルも首根っこを抑えられたら、と思った。幸い彼は育ちがよかったので、お腹がペコペコだったにもかかわらず、ぼくの後ろに立ったままだった。

「ゲストに敬意を表して」とトーミは叫んだ。「感謝の祈りをささげて、さあ、食べましょう」

 食べ物の妖精たちがやさしくハミングしているとき、彼は大声ではっきりと言った。「ありがとう、永遠なる父よ、わたしたち自身や名誉あるゲストのためにすばらしい食べ物をいただいて。すべての食べ物や飲み物がわたしたちの体の中を通っていきます。そうしてあなたの聖なる目的に合致します。この祝福された饗宴のためにいかなる生命も犠牲になることはありません。自然は自然から恵みを受け取るのです。ありがとう、ほんとうにありがとう」

 われわれは神々が作った料理を食べ始めた。食べ進めるうちに、奇妙なことに気づくようになった。目にする人それぞれがオーラを発しているのだ。それらはさまざまな色をしていて、完全にはっきりとしていた。この時点では内なる輝きがぼくにだけ見えていて、本を読むみたいに人々を読むことができるのを理解していなかった。じつはこれはオールド・マザー・シャルナの贈り物だった。

 法王の息子ヴァレンチノのけたたましい叫び声が聞こえた。彼は皿に載っていたふたを振り回していた。そのとき大皿を見て恐怖に慄いたのだ。われわれがひるんでいるのを見た十歳の少年は笑いをこらえきれなかった。彼は皿から一匹の虫をつまむと、スパゲッティでも食べるようにむしゃむしゃと食ったのだ。それがスパゲティなら問題はなまった。われわれの晩餐会で生命は犠牲になるべきではなかった。それはたしかなことだった。しかしこれらの虫は命を持ち、くねくねと動いていた。ヴァルは気分が悪くなったのか、駆けてこの場を離れた。ぼくはマヌルに誰が近くに立っているのか、何が起こっているのかたずねた。彼の表情は明るくなり、ニヤリと笑った。

「アボリジニーはある種の虫を生きたまま食べる。ほんとうにそれは脅威だと考えられている。アガルタの食生活の中で唯一の例外だ。だからきみが試してみる必要はない。ほかのメニューが山ほどあるのでね」

 ティッチとぼくは顔を見合わせた。彼は両前脚のなかに鼻をうずめている。それは否ということだった。ぼくは食欲を失い、犬とぼくはテーブルを離れた。マヌルを見ると彼もうなずいていた。虫を食べるのが好きではなかったようだ。アボリジニーは今日まで虫食をやめていなかったのだ。

 トーミは心配そうな顔をして追いかけてきた。「もしわれわれの食事に満足していただけなかったのなら、申し訳ございません」と彼は言った。「でももう少しいてください。森の端でダンスをおこないます。物語のダンスです。わたしたちの伝説はとてつもなくすばらしいものです。自分たちで編成した音楽隊の演奏のなか踊ります。同時に太陽石パンを召し上がっていただきます。<虫なし>を保証いたします」

 われわれは大笑いし、彼の招待を受け入れた。野外シアターに連れて行かれたわれわれは草地の斜面に坐った。

「イタリアの円形シアターがここにはたくさんありますね」ヴァルが口をはさんだ。「ここはほんとにすばらしいよ」

 斜面の下は木々に囲まれた自然のステージだった。きらめく石の間には湧き出た小川が流れていた。ここでもらったパンも飲料も香りがよく、とてもおいしかった。

 美しい踊り子の少女たちが戻ってきた。彼女らはとても優美でたおやかだった。そしてトロル(いたずら好きの小人)や動物の仮面をつけた薄気味悪い者たつが現れた。恐れおののく我々の前で、踊り子の少女たちは恐怖に震えていなくなり、ステージはおぞましい場面に替わった。それは善と悪の勢力の戦争、激しい戦いだった。恐ろしくリアリティがあった。ヴァルは目を閉じていた。

 特殊効果は驚くべきものだった。身体の各部分――頭や腕、足など――はあたりに浮遊していた。近づいてよく見てみると、あきらかに人形が使われていた。けたたましい音楽がしだいにおだやかになり、ハッピーエンドがやってきた。少女たちも元気いっぱいに踊りながら戻ってきた。

 ふたりのマスターたちはリフレッシュできたこととエンターテイメントを楽しませてもらったことでトーミに謝礼を言い、もう行かなければならないことを説明した。ロールスロイスに戻ると、そよ風に海の香りを感じた。

「アボリジニーから何を学んだの?」ヴァルがたずねた。「虫を食べること。げっ。まあ楽しかったけどね」

「学んだじゃないか、人が自然とどうやって過ごすか、どうやって音楽やドラマを作るか、どのように人生に満足するかを」マヌルは指摘した。「わたしたちは今、家に向かっている。そして明日も進み続けるのだ」

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