(20) ナイル川はどこから、どう流れているのか 

    ⇒ 地図A  地図B 


 はじめてヴィクトリア湖に行ったときの第一感想は「こんな低い湖からナイルは流れているのか」だった。海抜1134メートル。源流かどうかはともかく、白ナイル川がここから流れ出しているのは間違いなかった。言ってみればナイル川の貯水タンクである。厳密には、ナイル川の源流とは、ヴィクトリア湖にそそぎこむ川のもっとも遠い水源ということになる。正直なところ、何かペテンにひっかかりそうなときに抱く感覚と似ている。公認の「ナイル源流」があるとして、その近くに小さな支流が見つかり、その水源がより遠くにあれば、それがあらたな「ナイル源流」ということになってしまう。

 地図にあるように、ブルンジの中央南部に有力なナイル源流である「ルヴィロンザ川源流」がある。ここから流れるルヴィロンザ川がルヴブ川と合流し、ルヴブ川がカゲラ川と合流し、カゲラ川がヴィクトリア湖にそそぎこむ。ほかにルワンダ南部のニュングウェの森に源を持つルカララ川がある。ルカララ川はムウォゴ川と合流し、ムウォゴ川とムビルルメ川が一つになってニャバロンゴ川となり、カゲラ川となってヴィクトリア湖に流入する。距離だけを考えれば、有力なナイル源流候補である。

 多くの日本人は、というより世界中の多くの人は、地図上のヴィクトリア湖を見ても、「そこに大きな湖がある」としか思わないだろう。註1 実際、淡水湖としては世界で二番目に大きい(琵琶湖の百倍もある)大湖だ。この湖がいくつかの川とつながっていることに人々は思いを馳せない。ヴィクトリア湖が白ナイル川の水源だとすれば、当然湖から流れ出すポイントがあるはずだ。1858年にヴィクトリア湖を発見していたジョン・ハニング・スピークは、ロンドンの王立地理学協会で発表したあとアフリカに戻り、1862年に湖から水が流れ出る地点を発見した。それがリポン滝である。当時の王立地理学協会会長リポン侯爵ジョージ・ロビンソンにちなんで命名した。地元の人々の情報をかき集めた結果、この滝のあるポイントから流れ出る水がナイル川とつながっていることに、疑念は抱かなかった。ただ実際は、流れは複雑で、一度キョーガ湖に達し、そこから流れ出た川はアルバート湖北端にそそぎこむ。アルバート湖から流れ出る川はもはや完全にナイル川としての威厳を備えている。
註1:ヴィクトリア湖の魚ナイルパーチは白身魚として日本に相当量輸入されているので、よく知られているかもしれない。この巨大魚は外来魚であり、湖の生態系を破壊してしまった。スピークが来た頃と現在のヴィクトリア湖では、水の中の生態系がまったく異なっている。

 ヴィクトリア湖にそそぎこむ川としては、まず上述のカゲラ川がある。湖の北西岸にそそぎこむカトンガ川のほうがはるかに大きい。しかしカトンガ川の水系はかなり複雑で、単純に「ヴィクトリア湖の主な水源はルエンゾリ山地である」とは言えない。ヴィクトリア湖のカトンガ川河口から、右手に(北側に)ウマーラ湖を見ながら湖沼地帯をさかのぼっていくと、カトンガ野生生物保護区に達する。カトンガ川は保護区の南端に沿って流れているが、保護区の西端あたりに分水嶺がある。

 このあたりは湖沼地帯で、無数に小さな湖があるが、雨季になるとこれらの水位が上がり、川となって西へ流れ出す。この川もカトンガ川と呼ばれる。西のカトンガ川はルウェンゾリ山地北端を源流とするムパンガ川に合流し、ジョージ湖にそそぎこむ。一方東のカトンガ川はヴィクトリア湖に流入する。

 ルウェンゾリの東南部を流れるいくつかの川、すなわちルウィミ川、ムブク川、そしてこれらが合流するドゥラ川、またルウィミ川やムブク川同様、ルウェンゾリ中央部の高峰地帯に源を発するニャムワンバ川など川の大半はジョージ湖に流入している。

 ルウェンゾリ・トレッキングをする場合、ムブク川やニャムワンバ川の源流地帯を歩くことになるが、これらの川はヴィクトリア湖ではなく、ジョージ湖に流れ込んでいる。しかしナイル川の源流であることに変わりはない。ニャムガサニ川は南麓から直接エドワード湖に突入しているしている。近年ニャムガサニ川流域で洪水がたびたび発生しているが、高峰の氷河が溶けていることと関連があるだろうか。

 ルウェンゾリの西側は、セムリキ川が蛇がのたうち回るようにくねりながら北方へ流れていく。西麓からは、北からルワンディ(Rwandi)川、ルウシルビ(Luusilubi)川、ブタウ(Butawu)川、ルメ(Lhume)川などがセムリキ川に流れ込んでいる。

 ルエンゾリの北麓はラミア川が流れ、セムリキ川に合流し、アルバート湖に流れ込む。

 ジョージ湖とエドワード湖はカジンガ水路によって結ばれている。運河のように見えるが、自然の水路である。ここで注目すべきは、水はジョージ湖から南西のエドワード湖に流れていることである。標高差はわずか2メートルで、これを結ぶ水路があるのは不思議だ。もしかすると何万年か前に超古代文明がアフリカにあり、運河を掘ったのかもしれない、とさえ考えてしまう。カジンガ水路は野生動物の宝庫だが、2010年、炭疽病が蔓延し、百頭以上のカバが死んだと報告されている。

 エドワード湖の水は上述のようにセムリキ川として北上し、アルバート湖に流入する。そしてキョーガ湖を経てやってきたヴィクトリア湖の水と合流して勢いよく、白ナイル川としてエジプト方面に流れていく。この水の流れを見る限り、やはり大水源は「月の山脈」ルウェンゾリ山で、右回り(ルウェンゾリ⇒ヴィクトリア湖⇒キョーガ湖⇒アルバート湖)と左回り(ルウェンゾリ⇒ジョージ湖⇒エドワード湖⇒セムリキ川⇒アルバート湖)の二手に分かれて、最後は白ナイル川で大河となるように見える。ただしルウェンゾリ山地からヴィクトリア湖に流れ込む水量は、わたしが予想していたほど多くはなさそうだ。

 普通の平面地図を見ているだけでは、肝心な点を見落としてしまう。この大湖沼地帯で唯一キブ湖だけが標高1460メートルの高さにある。キブ湖と北側のエドワード湖(912メートル)は通じていない。もし通じていたら、キブ湖がナイルの水源になり、キブ湖にそそぐ川の源流がナイルの源流と認定されていたかもしれない。ちなみにキブ湖の北部はウガンダ政府軍と戦って逃げ込んだイスラム過激派を含む反政府組織のたまり場となっていて、われわれ一般市民には近づきがたい場所になっている。

 キブ湖から流出する水はルジジ川としてタンガニーカ湖(773メートル)にそそぎこんでいる。この水系はいずれかの段階でコンゴ川と合流している。このコンゴとウガンダ、ルワンダ、ブルンジの国境地帯はアフリカを南北に縦断するグレート・リフトヴァレー(大地溝帯)の一部である。大湖沼(アルバート湖、エドワード湖、キブ湖、タンガニーカ湖など)もそれに含まれる。この大地溝帯の東側はナイルの水系であり、西側は(セムリキ川を除くと)コンゴ川の水系だ。

 ブルンジのルヴィロンザ川源流やルワンダのニュングウェの森のルカララ川源流からヴィクトリア湖にそそぐ水量は全体の中のほんのわずかにすぎない。もっとも多くの水量を供給しているのはカトンガ川だろうけど、その水源はカトンガ野生生物保護区とウマーラ湖の間の湖沼地帯だろう。地下水脈がなければ、ルウェンゾリ山地の水はヴィクトリア湖にそそがれていないことになる。地図Bを見ればわかるように、ルウェンゾリ山地周辺のすべての川や湖は白ナイルにつながっている。ルウェンゾリ由来の水とヴィクトリア湖由来の水がアルバート湖北端で合流し、白ナイルができている。



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