Ⅰ マルゲリータ峰をめざして 

(2)緑色のウンコの謎 巨大ミミズ 底なし沼 

 わたしがルウェンゾリ山地の最高峰マルゲリータ峰(5109m)をめざして登った頃は、基本的にいくつかの困難な点があった。ひとつは文字通り安全であるかどうか。ゲリラが潜んでいるのではないか、という懸念だ。何十年も反政府ゲリラはこの深い森を根城にして、政府軍と戦ってきた。じっさい、当時はもう何年もルウェンゾリで登山・トレッキングをする外国人はいなかった。わたしの前を行く人はいなかった。この広いエリアに外国人はわたしひとりだったのである。帰りがけに休憩小屋でこれから登るという重装備でない(つまり雪線を越えることはない)オランダ人の青年に会っただけだった。この頃から武装ゲリラはいなくなり、安全が確保されるようになり、観光客はしだいに増えていった。そして1994年に「ルウェンゾリ国立公園」はユネスコ世界遺産に登録された。

 1995年にそれまでゲリラ活動をつづけてきたNALUのメンバーはコンゴ領域へ逃げ、他の反政府武装勢力と合流して、キブ湖北方でADF(民主同盟軍)を結成している。言い換えれば、ルウェンゾリ山地はずっと安全になった。

 しかし2016年、ルウェンズルル王国の国王ムンベレの護衛隊とウガンダ警察が衝突し、双方にたくさんの死者が出た。短い期間、ルウェンゾリ山地はふたたび危険地域となった。しかしほどなくして平和な状態が戻ってきた。



 村を出発して、山の中をしばらく歩くと、高さ5メートルくらいの葉の厚い木の森に入った。わりと広い山道が木々の合間を縫っていた。いろいろと山について説明していた森の賢者(わたしのガイド)がこちらの目を見据えて言った。

「このままのペースで歩いてくれ。わたしはやることがあるので」森の賢者は速足で進んでいった。数十メートル先のカーブを曲がると、姿が見えなくなった。

 おそらくわれわれ山の愛好家が好んでいう「キジ撃ち」だろう。わたしは何も心配していなかった。ポーターたちはずっと先の方を進んでいる。ひとりで森の中を歩くのは気持ちよかった。しかし20分、30分とひとりきりで歩いているうちにしだいに不安が増していった。本当に順調にわたしはトレッキングをしているのだろうか。ポーターやガイドの本職はゲリラかもしれないではないか。

 ふと顔を上げ、前方を見ると、道の真ん中に何かが落ちていた。近づくにしたがい、だんだんそれがウンコであることがわかった。とぐろを巻いたホカホカのウンコである。しかも緑色の。獣が落としていったものだろうか。いや、普通に考えればそれは森の賢者のウンコである。わたしは彼が走っていき、道からそれて茂みの中で用を足すのだと思っていた。しかし彼は道のど真ん中で用をすましたのである。いったいこれはどういうことなのだろうか。何か深い意味があるのだろうか。一種のマーキングなのか。あれから何十年もの月日がたっているが、依然として謎は解けていない。おそらく習性なのだろう。それにしても緑色とはどういうことなのだろう。野菜ばかり食べているのか。あるいは病気なのか。

 いま、ネットで調べると、緑色のウンコが出るのは、暴飲暴食などで胃腸が弱っているときだという。細菌性腸炎にやられているのかもしれない。黄疸や溶結性貧血が隠れている場合もあるという。おそらく豊かとはいえない生活のなかでなにかの病気にかかっていたのかもしれない。当時わたしにはぼんやりと、この森の賢者がミステリアスなメッセージを残したのではないかと考えた。

 深い森に入った。高い樹木は20メートルに達し、道まで光が届かないので薄暗く、じめじめしている。山の斜面の下で道が湾曲しているところがあった。枝が垂れて山道を覆っていたので、海老のように背中を曲げて枝の下を通ろうとしたそのとき、足元の泥水たまりに大きな蛇がうごめいているのに気づいた。わたしは胡瓜を見て驚いた猫みたいに思わず飛びのいた。よく見ると、それは蛇でなく、30センチの巨大ミミズだった。蛇っぽいがたしかにミミズ特有のぬめっとした肌と輪っかがあった。それはするすると縮んでいき、太いソーセージのように短くなった。わたしは気を取り直して進み始めた。

 ようやく湿原地帯に出た。最近の画像を見て驚かされるのは、尾瀬や戦場ヶ原のように板を張った歩道ができていること。わたしが行った当時はそういったものはまったくなく、歩くだけでも相当な時間を費やすことになった。とりわけ泥炭湿原(peat bogs)と呼ばれるところは人間が歩くのに適していなかった。

「とてもじゃないけど、山登りとは呼べない」とわたしは愚痴をこぼした。

 ぬかるみが多くて、踏めるところがないので、植物から植物へと飛び移って進むこともあった。植物はわたしが「かまやつひろし(髪型が特徴的な当時の有名歌手、タレント)の髪」と呼んだスゲの一種だ。スゲといっても、日本で目にするスゲの何倍もの大きさがあった。日本の湿原にもスゲは見られ、それが集まって群落をなすと、谷地坊主(やじぼうず)と呼ばれることもある。わたしは「申し訳ない」とつぶやきながら一時的に谷地坊主のてっぺんにとどまり、つぎに隣の谷地坊主に飛び移った。周囲は泥沼である。この巨大植物は丈夫で、わたしが乗っても損傷を与えることはなかった。

 小川や沼地を進むときは、大きな石や小石のかたまりの上に足を置いて足が沈まないように気をつけた。しかし一度、白い石と思ったものが白い砂にすぎず、足が沈んでいったことがあった。両足がどんどん沈んでいった。もしかすると底なし沼にはまってしまったのかと思い、わたしはあせりを感じた。ずっとのちにYouTubeで人が底なし沼に飲み込まれる場面を見たことがあったが、このときはそれが実在するかどうか知らなかった。「底なし沼」という言葉はよく耳にしたので、一瞬恐怖にとらわれた。

 両膝まで沈んだが、そこまでだった。底なし沼ではなかった。しかし一歩も進めなくなってしまったので、わたしは仕方なく前方を行くガイドやポーターたちに向かって叫んだ。
「おーい、助けてくれ!」
 ガイドとポーターがあわてて戻ってきて、わたしが伸ばした両手をつかんで引き上げてくれた。畑から引っこ抜かれる大根の気分だ。感謝の気持ち以上に照れくさい気持ちのほうが強かった。



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