(6)あやうくグリーンスネークをつかみそうに 

 マルゲリータ峰下の山小屋から南方へ下る峠道は見晴らしがよかった。現在からなら、そのあたりにたくさんある源流がどこへ流れていくかがわかる。西側に向くと足下にキタンダラ湖が見えるが、これはブタウ川源流で、川を下っていけばセムリキ川に流入し、そのセムリキ川はアルバート湖に流入している。そしてアルバート湖から流れ出る川はすでに白ナイルの名称を持っている。

 出発してからブジュク湖までわたしはムブク川をさかのぼってきた。この川の水は流れていくとジョージ湖に達する。そのあとカジンガ水路、エドワード湖、セムリキ川、アルバート湖を経て白ナイル川に合流する。いま歩いている峠道のあたりのどの水源も、じつはナイル源流なのだ。地理学的にナイルの源流とみなされなかったとしても、ルウェンゾリ山地のすべての流れはナイルに通じている。

 帰りのルートはベイカー峰の山塊の南側を選んだ。このあたりの深い森は雲霧林(cloud forest)と呼ばれ、熱帯雨林(tropical rain forest)とはまったく異なっている。わたしはボルネオ島の熱帯雨林の森林伐採所の宿泊施設に滞在したことがあるが、雨が多いという共通項はあるものの、気温がまったく異なっていた。熱帯雨林の樹木の成長は速いが、雲霧林の樹木の成長はそうではなかった。標高は1400メートルから2600メートルくらいで、涼しく、ときには肌寒く感じる。

 ルウェンゾリは日常的に見られない特殊な植物だらけの「異空間」だが、そんなところにわれわれにとって日常的な竹林が現れ、驚かされる。わたしは当時アフリカに竹があることを知らなかったので、世界ではじめて発見したかのように興奮した。竹林の中を覗くといくつかのタケノコが目に入った。本気でタケノコ取りをしようかとも考えたが、同時に「ここはアフリカだ、毒竹かもしれない」と警戒した。

 うっそうとした森の中に入った。最初に出迎えてくれたのはカメレオンだった。カメレオンは、人間から見ると、おかしな進化をした生き物だ。背景に同化しやすく、捕食動物には見つかりにくいかもしれないが、ひとたび見つかっても、迅速に逃げることができない。わたしが手を近づけると、カメレオンは「やばいな」という表情をその大きな目に浮かべたが、足はスルーモーションのようにしか動かなかった。蚊のような小さな生き物をその長い舌で一瞬のうちにとらえることができるのに、他者の攻撃にそなえた機能を持っていないのは不思議なことだった。

 斜面に派手な黄色い棘だらけの15センチの毛虫が這っていた。とげとげしい色の虫は毒を持っているにちがいないと思う。なぜ海中だとカニ、エビ、タコ、ウニ、ナマコなどはおいしいのだろうか。なぜムカデ、クモ、蛇、ゴキブリ、サソリなどは有毒だったり、菌を持っていたりして食べられないのだろうか。

 わたしは蛇を恐れていなかった。森の賢者がここには毒蛇はいないと言っていたからである。わたしは蛇自体はけっこう好きだったが、毒蛇には恐怖感を持ち、熱帯や亜熱帯の森を歩くときはいつもびくびくしていた。 

 切り立った斜面を登っているとき(下るときにも、上りはある)、下の方から森の賢者の声が聞こえた。

「ちょっと待て」

 わたしは右手で小さな枝をつかもうとしていた。足をくぼみや岩にかけ、手で枝や植物をつかみながら上がっていた。

「その枝を見てみろ」
 枝に体をぐるぐると巻きつけていたのは緑色の蛇だった。わたしはあやうくその蛇をつかむところだった。

「それは毒蛇だ。噛まれたら、ひとたまりもない」
「でも毒蛇はいないって言ってたじゃないか」
「そうだ。毒蛇がいないと思っていれば、恐れることなく斜面を上がっていけるからな」

 わたしは斜面を下りて、気持ちを切り替えようとした。森の賢者は棍棒を持って蛇に近づいていった。そして蛇を払い落し、棍棒を何度も振り落とした。蛇の頭をつぶし、その生命を完全に断った。わたしは蛇がかわいそうでならなかった。居眠りしている蛇はほうっておいて、人間は別のルートを取ればいいのではないかと思った。

 蛇を退治したあとも、森の賢者は草むらで何かを探していた。
「何か落とし物でもしたのかい? 何を探しているのだ?」
「もう一匹の蛇だ。蛇は夫婦のつがいでいる。夫婦の片割れが殺されたら、その残りは人間に復讐するのだ。だからそれも殺されなければならない」

 十分後に彼はもう一匹の蛇を探し出し、同様に頭をつぶして殺した。何ともすさまじい非情の世界である。蛇は普通に小さな木に巻き付いて居眠りしていただけなのに、殺された。つがいのもう一匹も殺された。どう考えても巻き添え死だ。わたしはルウェンゾリの地元の男たちが長年ゲリラ活動をしていて、ときには非情な判断を下さなければならないことを想い出した。森の中で敵の姿を見たら、先に攻撃をしかけ、勝たなければならない。負けは死を意味する。



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