バリのバリアン 宮本神酒男

 バリのバリアンというとパリのパリジャンみたいだけれど、バリ島の呪術医あるいはヒーラーのことである。私が知るかぎりではバリ島の民俗に関しもっとも詳しいブディ氏に案内され、私はふたりのバリアンに会うことができた。

[註] バリ島のジンバランに生まれ育ったブディ、ことイ・ワヤン・ブディ・アサ・メケルは、フレッド・アイズマン(バリに長年住み、『Bali Sekala & Niskala』という民俗誌的大著を著した。1961年に夫婦でバリに移住し、1988年、この著書を出版した)のインフォーマントだった。ブディはブラッドフォード・キーニーやナンシー・コナーら文化人類学者の案内役も務めた。

 朝早く、住宅地のなかにあるジェロ・セカル・マニクの家を訪ねた。四十代後半の名の轟いたバリアンだった。彼女に診てもらおうと早くも多くの人がつめかけていた。一日あたり200人ほどの人が来るらしい。西洋人の姿もちらほらみかけた。


行列ができるほどの人気のバリアン、ジェロ・セカル・マニク。彼女の包容力のある癒しは魅力的だ。

 最初の患者(初老の男性)にはこちらが度肝を抜かされた。バリアンが香を焚き、マントラを唱えると、男性は上半身裸になり、彼女が花びらで彼に聖水をかけると、突然発作を起こしたかのようにブルブル震え始めたのだった。おそらく精神的な疾患をかかえているのだろう。患者にトランスをかけるなんて、荒治療にも程があるってもんだ。

 彼女は若い頃病気がちで、仕事に集中できず、どこで働いてもすぐにクビになった。彼女は祠に通ってはお祈りをしていたが、ある日、神が現われ、おまえの天職はヒーラーだと告げた。彼女は太陽神、タクス神、地神などさまざまな神に祈った。神々からは歌、知識、軟膏、薬草、粉薬などをもらった。

 神は頭の上から入ってくるという。

「トランスに入って、(患者の)痛みのある場所を触ると、何が悪いのか、どの薬がいいのかわかるのです」と語る彼女は女神のようなやさしさを醸し出していた。

 もうひとりは伝説的なバリアン、ジェロ・タパカン。とてもチャーミングなお婆ちゃんだった。年をとったため、近年はトランス状態には入れないが、マッサージはおこなうという。患者に聖水を飲ませてから独特な方法でマッサージをする。マッサージも立派なシャーマニズムなのである。


伝説的なバリアン、ジェロ・タパカン。日本の軍隊が攻めてきたときのこともよく覚えていた。

 彼女の祠には聖なる物がいくつかある。そのひとつは「雷の歯」で、雷が落ちて炭化した棕櫚の木である。

 彼女の神は、客の死んだ親戚、家神、タクス神など。タクス神の名はサンヒャン・タクスだという。

 神が憑依したときのことを彼女はつぎのように語った。

「精霊が来ると、私のからだは揺れ始めます。額のあたりが重くなり、そうすると神が頭の上のほうで語り始めるのです。私の声を使って神のことばをしゃべるのです」

 私は老齢の彼女から純真さを感じていた。


儀礼の準備(ジェロ・タパカン宅にて)。


<バリアンの護符>
  
Sang Hyang Bhuta          Sang Hyang Bayu Pracanda

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