アブラハムとブラフマー 

 最近のニュースを見ていて、国連特使のブラヒミ氏(Brahimi)の名前が目にとまった。氏の見かけはアラブ系だが、その名はインドのバラモン(ブラフミン Brahmin)か、ブラフマー神(Brahma)、あるいはブラフミー文字(Brahmi)と関係があるのではないかと思って調べると、アルジェリア出身で本名はイブラーヒーミー(Ibrahimi)であることがわかった。バルカン系のスウェーデン国籍のサッカー選手、イブラヒモビッチ(Ibrahimovic)もそうだが、その名のもとであるイブラーヒーム(Ibrahim)はアブラハム(Abraham)なのである。アブラハムは、啓典の民共通の祖先であり、五大預言者(他はノア、モーセ、イエス、ムハンマド)のひとりだ。

 アブラハム(Abraham)とブラフマー(Brahma)が似ているとスザンヌ・オルソンが主張するとき、なかば偶然にすぎないと思いつつ、なかば遠い過去において交わりがあったのではないかという期待にも似た気持ちを抱く。

 ブラフマーはインド神話の三神一体(トリムルティー。創造のブラフマー、繁栄のヴィシュヌ、破壊のシヴァ)のひとつとみなされる重要な神。一方アブラハムは人間(祖先)なので、両者はまったく異なる。しかしアブラハムは神話的存在であり、神がいわば祖先神になったと考えれば、思った以上に両者は近い存在だといえなくもない。

 オルソンはまたアブラハムの妻サラ(Sarah)とインド神話の女神サラスワティー(Sarasvati)もルーツがおなじかもしれないと示唆する。アブラハムとサラが夫婦であるように、ブラフマーとサラスワティーもまたカップルなのである。もっとも、白い蓮あるいは白鳥に乗ったサリー姿の四本の手をもつ女神と人間として描かれるサラとでは、あまりに違いすぎるような気がする。ただし両者とも美女であることは共通している。

 イスラエルとインドの橋渡し役をするのはペルシアかもしれない。ゾロアスター教の女神ハラフワティー(アナーヒターの別名)とサラスワティーはどう考えてももとはおなじである。

 アブラハムとサラはもともとカルデア(現在のイラク)のウルに住んでいた。父テラの一族の移動にしたがって彼らはカナンへ移住した。しかし飢饉のため一家はエジプトへ難を逃れるものの、エジプトのファラオが絶世の美女サラを気に入り、妹であると偽っていた彼女を妻にしようとした。しかしそのことが神の怒りに触れ、未曽有の災難がエジプトに襲いかかった。アブラハムとサラは追放され、またカナンの地へと戻った。

 サラの初産(子はイサク)は90歳のときで、神話時代を考慮しても、とてつもなく高齢出産である。逝去したのは127歳のとき。はじめ子宝に恵まれなかったために、アブラハムは側女ハガルとのあいだにイシュマエルをもうけている。イサクが生まれたために、非情にも用無しになったハガルは荒野に追放されてしまう。サラのエピソードは人間味があふれていて実際にあった話のように思えるが、この現実離れした年齢によって神話であることが印象づけられている。

 一方、サラスワティーは日本では弁財天として知られ、川の神であり、言葉や知恵、音楽の女神である。サラは美人であるという点をのぞけば、サラスワティーとそれほど似ているわけではない。しかしアブラハムやブラフマーの配偶者で、かつ名前が似ていることを偶然ですますわけにもいかないだろう。





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