(2)イッサ文書、ブータンへ 

 主人公は宗教学を専攻するエモリー大学の大学院生、グラント・マシューズ。小説はブータンのモチュ(母なる川)の激流をカヤックで下る場面からはじまる。ブータンに来る前、彼はラダックのヘミス僧院を訪ねていた。しかし彼が探していた物(すなわちイッサ文書)はすでにブータンに持ち去られていた。彼は川下りに興じるためにブータンにやってきたのではなく、イッサ文書を保有している寺院を探すのが目的だった。*ちなみに小説には書かれていないが、ブータンの寺院の大半はチベット仏教ドゥク派(ドゥクは竜や雷を意味し、ブータンの国名でもある)に属し、ラダックの寺院の主流も同派で、ヘミス寺院も同派寺院だったので、古文書が移されるのはそれほど不自然ではない。

 雨季が終わったばかりの水かさの増した激流は危険だった。グラントは波に飛ばされ、渦に巻き込まれ、意識を失った。

 目が覚めると、そこはどこか建物の中の一室だった。川辺に打ち上げられていた彼を近くの寺の僧侶が発見し、プナカに近い寺院ではない建物に運び込んだのだった。意識が戻るまで四日もかかったようだった。脛骨を骨折していたため、ベッドからすぐ動くことができなかった。

 ノトヴィッチも本人によればラダックのレーを離れようとしていたときに落馬して足を骨折し、ヘミス僧院の僧侶たちのもとで養生している。そのときに僧侶から極秘のイッサ文書を見せてもらったのである。グラントもブータンで水難事故に遭い、僧侶たちの世話を受けることになった。意識を取り戻した彼のもとに現れたやや年を取った僧、キンレーは、あきらかにイッサ文書のことをよく知っていた。キンレーはオックスフォードで教育を受けていたので、流暢な英語を話した。キンレーは言う。

「われわれはえてして探している物を探し出すことができないが、探すべき物を探し出すことがある」

 



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