G・W・カーヴァー伝  

奴隷から科学者になった男 

ジャネット&ジェフ・ベンジ 宮本訳 


03 知識を求めて 

 わずかな持ち物を包みの中に入れるだけだが、11歳の少年にとってそれまで過ごしてきたなかでもっともむつかしいことだった。心の中でさまざまな考えがぶつかりあった。一方でジョージは前途に横たわる機会のことを思うと興奮せずにはいられなかった。しかし他方で外の世界に出たならいろいろと自分で決めなければならないと考えると恐ろしくてたまらなかった。彼は、自分は兄弟のジムとは違うのだからと、ブツブツつぶやいていた。ジムはわずかばかりの読み書きができることで満足していた。そして農場の中で精一杯働いていた。しかし心の中では、自分がジムと違うだけでなく、今まで出会ったあらゆる人と異なることを知っていた。彼はどんなに解答を見つけるのが困難でも、どれだけのコストがかかるにしても、持っている疑問に対する解答を知っていなければならなかった。

 ジョージが家を出て通りを歩いていくとき、スーザンおばさん、モーゼスおじさん、ジムは住まいの農家の玄関に立って静かに見送った。ジョージが最後に手を振ったとき、スーザンおばさんがエプロンの端で涙を拭うのが見えた。ジョージの頬に涙がほとばしった。しかし彼はもう振り返らなかった。彼はとことん知識を求めようと旅に出ることにしたのである。

 その日の午後、ジョージは長い、埃まみれの8マイル(13キロ)の道をひとりぼっちで歩いた。歩きながら彼はときおりポケットをまさぐってナイフの感触を確かめた。それはだれかが彼を見ているという感覚を思い出させた。

 太陽が地平線近くまで降下する頃には、ジョージはネオショーに到達した。ジョージはまっすぐ学校の校舎に向かった。といってもそれは今にも倒れそうな、14フィート(4m余り)×16フィート(5m弱)の建物で、ドアがひとつ、窓が四つ、斜めの屋根と煙突ひとつがついていた。学校の壁の中に問いに対する答えが見つかるのではないかと彼は期待した。でもまず、住む場所を見つけなければならなかった。

 校舎の右側には荒削りの木材で作られた小さなキャビンがあった。キャビンの後ろに小さな納屋があり、そこに薪が積み上げられていた。何をすればいいかわからなかったので、ジョージはあたりをぶらついて薪の山の上に坐った。今や彼は空腹で死んでしまいそうだった。夕闇が迫るなか、ひもじい思いを振り払って、彼はキャビンの裏庭を調べ始めた。そして庭から見たキャビンの中の人々についてできるだけたくさんのことを学ぶゲームのようなものをはじめた。目についたのは極端に長い物干し綱だ。スーザンおばさんの物干し綱の三倍はありそうだ。つぎにニワトリを入れるかごや裏玄関に整然と並んでいる長靴も気になった。

 女は裏玄関あたりをヨタヨタと歩き、それからジョージに目をとめた。彼は陽の残りの薄明りを通して彼女がほほえんでいるのがわかった。

「こっちへおいで、坊や」女は親切な口調でいった。「あんたがだれだか教えて。はじめて見る顔だわね」

 ジョージは積み上げられた薪を崩しながら降りてきて、ジャケットとズボンの皺を伸ばし、庭を横切って女に近づいた。彼は階段の下に立ち、裏玄関の女のほうを見上げた。「ぼくはジョージといいます、奥様」と彼はいった。

何ジョージ?」と彼女はたずねた。

 ジョージは一瞬ためらった。今までこんなことを聞かれたことがなかったのだ。ダイアモンドのだれもが彼のことをジョージとして、あるいは小さな植物博士として知っていたからだ。じつのところ、彼は正式なラスト・ネーム(姓)を知らなかった。奴隷として生まれた子供には必要なかったからだ。奴隷は結婚することも、土地を持つことも、銀行口座を開くことも、ラスト・ネームが必要となるあらゆることをすることもできなかった。ようやくジョージはラスト・ネームはカーヴァーであるべきだと推測した。モーゼスおじさんのラスト・ネームである。

「ジョージ・カーヴァーです」彼はそうこたえて、付け加えた。「ダイアモンドから来ました」

「月が出てこようというのに、ダイアモンドから来たジョージ・カーヴァーという若者はわたしの薪の上に坐って何をしようとしているの?」彼女の声はやわらかく、親切そうだった。彼女は両手をお尻の上に置き、真剣な表情を浮かべていたけれど。

「奥さま、ぼくは学校がはじまるまで待っていようと思っていたのです」

「では、ジョージ、どこに寝るつもりなの? 薪の山はしばらくたったらどうしようもなく硬く感じるようになるだろうから」

「ええ、まあ」自分の後ろにある物干し綱のことを考えながらジョージはこたえた。「洗濯をするのにぼくほどの適任はいません。それに向こうのリンゴの木に関してもお役に立てると思います。あの木は治療が必要です。でなければリンゴの実が成ることはないでしょう」

 女は笑った。「あたしのこと、マリアおばさんって呼んで」と彼女はいった。「わたしは仕事の価値を知っている人が好き」彼女は上体を曲げ、ジョージの肩に手を置いた。「どういうことか教えてあげるわ。洗濯を手伝ってくれて、庭を熊手でならすのを手伝ってくれて、ニワトリの餌やりをやってくれたら、学校に通っている間、ずっとここにいてもいいわよ」

 ジョージは胸がいっぱいになった。「こんなしあわせなこと、ありません」彼はそう言うのがせいいっぱいだった。

 一時間後にジョージは「新しい家」に落ち着いた。マリア・ワトキンスと夫のアンディはこの小さな三部屋のキャビンに住んでいた。彼らはジョージのために心のこもったチキン団子スープと今まで食べたなかでもっともおいしいアップルパイのディナーをふるまってくれた。マリアおばさんはリビングルームの隅に寝床となるマットレスをしつらえてあげた。その夜、横になる前にジョージは包みを開け、自分の横の床の上に「宝物」を出して置いた。それらはもっとも好きな石十個――単純に置いていけなかったもの――と、彼がナイフで削って作ったいくつかの小さな木の人形、彼が研究しているカエルの骨のコレクション、折り重ねた紙束などだった。紙束は前日にスーザンおばさんからもらったものだった。それはジョージの母メアリーが売りに出されていたときの勘定書だった。一枚の紙片の片面に700ドルと書かれていた。ジョージは石の上に指を這わせ、自分が彫った木の人形をまさぐり、それらを包みに戻したあと、眠りについた。うつらうつらしながら眠りに入っていくと、さまざまな考えが頭の中によみがえってきた。母親は息子が学校に行くなどと考えただろうか。息子が自由人となって人生において自分で決定することができることについてどんな感想を持つだろうか。母は自分を誇りに思うだろうか。ジョージは母がそう思ってくれることを願った。

 翌朝ジョージは新鮮な挽きたてのコーヒーの香りをかいで目を覚ました。マリアおばさんの朝食の準備を手伝おうと、彼は起き上がり、急いで着がえた。興奮しすぎたのか、マリアおばさんが作ってくれたトウモロコシ粥をスプーン数杯しか食べられなかった。皿を洗って、テーブルを片付け終えたあと、ジョージはドアを開けて飛び出し、学校へ向かった。

 ワトキンス家のフェンスをよじ登って越え、学校の中庭に入ったときは、興奮より恥ずかしさのほうが上回っていた。彼は長い間この瞬間を待っていた。それなのに彼の足は校舎のほうへ向かっていかなかった。そのかわり彼は旗のポールの横に立ち、ほかの子供たちがとろけながら校舎に向かう姿を見ていた。彼らのほとんどが彼より年下のように見えた。何人かは大きくて、兄弟のジムよりも大きかったが。彼らは今まで見たなかでもっとも貧しい子供たちだった。多くははだしで、着ている服もかなり小さかった。しばらくすると、コーンロー型のヘアスタイルの少女が鐘を持って校舎から出てきた。彼女は楽しそうに鐘を鳴らすと、ジョージに向かって叫んだ。「あんた、こっち来るの? そうじゃないの?」

 ジョージはうなずくと、大きく息を吸い、中庭を歩いて校舎へ向かった。これがまさに学校の初日だった。

 教室に入ると、教師が自身をフロスト先生だと紹介した。そしてジョージに最前列の席に初球の聴講生として坐るよう促した。ランチタイムまでにジョージは教室の真ん中に移るよう勧められた。フロスト先生はジョージがすでに自分でたくさんのことを学んでいることを知り、驚いた。

 正午の鐘が鳴ると、ほかの子供たちはランチを入れた小箱を持って外に出て、坐るのにいい場所を探し、そこでランチを楽しんだ。しかしジョージはそうはしなかった。彼はたらいと洗濯板を「予約済み」だった。マリアおばさんが熱いお湯と石鹸を持って彼が来るのを待っていた。ジョージは腰を落ち着けて衣類をゴシゴシと洗った。マリアおばさんが驚いたことに、午後のクラスの開始を告げる鐘以前に、彼は衣類すべてを洗い、リンスして、洗濯綱に干したのである。

 学校の初日以降、落ち着いて幸せな日常生活を送れるようになった。彼は月曜日から金曜日まで学校に通い、ランチタイムには洗濯の作業をして、洗い物をしている間に本を読む技術はマスターした。土曜日にはアンディおじさんといっしょに仕事に出た。彼はその地域のさまざまな農家のところに行って仕事をする契約を結んでいたのである。日曜日にはワトキンス夫妻といっしょに教会へ行った。ジョージは今までこのように教会に通ったことがなかった。カーヴァー夫妻は教会に熱心に通う敬虔なクリスチャンではなかった。モーゼス・カーヴァーは自分の仲間が好きで、それ以外の人のことなどどうでもよかった。スーザン・カーヴァーは忙しすぎて教会に行く時間がないわ、といつもこぼしていた。今やジョージは毎週日曜日の朝、教会へ行くようになったのである。もちろんどの教会でもいいというわけではなかった。元奴隷が、元奴隷のために建てて運営しているアフリカン・メソディスト・チャーチがとりわけよかった。

 ワトキンス夫妻が日曜日に教会に行くだけでなく、牧師がいうような「日曜日以外も毎日教会へ行くべき」を実践していることに気づくまで時間はかからなかった。彼らは親切で、よく働いた。この二つの特質によってネオショーのすべての人から尊敬されていたのである。ジョージはマリアおばさんから特別な贈り物をもらった。それは小さな、黒い革の装丁の聖書だった。小さいことはいいことだった。小さいからこそどこへ行くにしても聖書を持っていくと自らに約束したのである。それだけでなく、残りの人生においてつねに丁寧に聖書を読むことも約束した。彼は聖書が神に関する問いの答えを持っていることを知っていた。しかしなおも見つけるべき答えのたくさんの問いがあるのもたしかなことだった。

 フロスト先生のクラスに入ってから一年が過ぎた。ジョージは教室の後ろに坐っていた。彼は学校で、フロスト先生を含むだれよりも知識を持っていた。フロスト先生は実際、読み書きとシンプルな算数以外はほとんど知らなかった。白人の子供相手に教えるだけの能力はなかった。しかし絶望的なほど黒人教師が不足していたので、黒人向けの学校なら教えることができたのである。

 南北戦争後の再建が始まると、北部の白人が雪崩を打って南部に入り、教育の同等なシステムを構築しようとした。しかしそうしたプロジェクトの基金が枯渇し始めると、熱狂はあっという間に冷めていった。北部人の多くが怒った南部の白人によって殺されてしまったのである。彼らは黒人の子供が白人から教育を受けることが適正であるとは考えなかったのである。結果としてほとんどの北部人は北部に帰ることになった。すると残された各教育委員会は奪い合うように黒人教師を探さねばならなくなったが、実際数がまったく足りていなかった。南北戦争前は、奴隷に読み書きを教えるのは違法だった。その結果南部には教育を受けた黒人成人がほとんどいないということになってしまったのである。このためミズーリ州においてフロスト先生はもっとも教育を受けた黒人教師の部類に入ることになったのである。

 ランチタイムにニワトリにエサをやり、衣類を洗濯するとき、ジョージはしばしば自分が陥っているジレンマについて考えた。今13歳で、彼はふたたびアットホームの感覚を見出している。しかし新たに学ぶものはなかった。もっと学ぶためには新たに踏み出す必要があった。ここにいるのはジョージが下した結論ではなかった。もし自分が去るといえば、マリアおばさんとアンディおじさんが動転するであろうことはわかっていた。それに彼はネオショーに満足していた。しかし知識を模索するためにほかにどんな方法があるというのだろうか。生徒が教師以上に知識を持ってしまったら、それは移動するタイミングなのだ。その移動がいかに人の気をくじくことになろうとも。

 1876年頃、ネオショーの、あるいはその周辺の黒人家族は少ない持ち物をまとめ、北西のカンザス州のほうへ向かった。そこで彼らは開拓民に提供される新しい土地の所有を主張し、ミズーリ州南部に奴隷のルーツを置いていこうとしたのである。ジョージはカンサス州のフォート・スコットに移動しようとしている教会の家族の話を聞き、いっしょに旅をすることはできないかとたずねた。彼はフォート・スコットがネオショーの二倍のサイズの大きな町であり、黒人のためのとてもいい高校があることを知っていた。

 ジョージが去るとき、マリア・ワトキンスは泣いた。しかし彼女はなぜ彼が行かなければならないか理解できるといった。

「教育が鍵なのね」彼女は彼にいった。「教育を受けたなら、あなたにできないことはないわ」

 ラバの隊列が曲がりくねる75マイル(125キロ)の道を進んでフォート・スコットに達するまで数日を要した。道中ずっとジョージはできるだけ「役に立つ人間」であろうと努めた。とくに雑用仕事には気を使った。ラバの隊列がようやく到着したとき、ジョージはまたしてもどこに住むべきかという問題に直面した。だれかが町のイースト・サイドの大きな屋敷のなかに職を探してはどうかと提案した。そこでお金を得れば学校を終えることができるだろうという。

 フォート・スコットについてすぐジョージは一番いい教会の服に着替え、仕事を探しに出た。最初に行き当たった家はクロボード(下見板張り)様式の三階建てで、周囲を包み込むような広いベランダがついていた。ジョージはこぎれいにペイントされた飾り窓や窓を飾るレースのカーテンを見て感じのいい場所だと思った。彼はゆっくりと歩いて回り、家の裏側にある台所の扉を丁重にノックした。

 背の高いブロンドの女が扉を開けた。「どうかしましたか」

 長い沈黙の間、ジョージは気力を高めていった。ようやく彼は甲高い声を絞り出した。「奥さま、じつはわたし、職を探しているのです。わたしは何でもすることができます」

「料理もできるの?」女は疑わしそうにたずねた。「それだったら探してたところだけど。二週間前にコックが北へ行ってしまったの。そのかわりがなかなか見つからないのよ」

 ジョージは息を飲んだ。少しくらいなら調理はできた。でも白人女が望むような料理を作ることはできそうになかった。ビーンズとブタの骨のスープの前に彼女が坐るなんて想像することができなかった。でも彼には仕事が必要だった。そして彼は覚えが早かった。

「はい、奥さま」彼は自信に満ちた自分の声に驚きながらこたえた。そのときいい考えがひらめいた。「もちろんどんな家族でも彼らだけのスペシャル・メニューを持っています。もしどんな料理がいいか教えていただければ、そのような料理をいつでも作ってさしあげます」

 女はにっこりと笑った。「それはとてもいいアイデアね。わたしの夫、ミスター・ペインはとてもこうるさいの。実際、ためしてみましょう。あなたがどんなことができるか見てみましょう」

 その日のうちにジョージはペイン家の地所の召使の区域に住まいを得ることができた。ペイン夫人はどのようにビスケットを焼いたらいいか、好みのパイ生地をどうやって作るかを正確に教えた。彼女はまたローストビーフの調理の仕方、ミートローフの成分なども教えた。ジョージは黙って彼女がやることを観察し、ステップの一つ一つを記憶した。じつは今まで何ひとつ作ったことがないとは言えなかった。

 ジョージはペイン夫人が教えてくれたことをそっくりなぞらえることができたので、また作ったディナーを評価してもらえたので、おおいに安堵した。実際、レシピを修正しながらいろいろとためし、ペイン夫人がジョージはいままで雇ったコックの中でもベストだと宣言するまでそれほど時間がかからなかった。それだけでなく、彼女はカウンティ・フェアのベーキング大会にエントリーし、ジョージのバターミルク・バッター・ビスケットと発酵パンが大賞を得たのである。このペイン夫人の新しいコックが近隣のご婦人方の垂涎の的になったのはいうまでもない。

 ジョージは徐々に貯金がたまっていくのを注視していた。お金が十分にたまると、彼は仕事をやめ、町の小さな部屋に引っ越し、学校に戻った。お金が尽きると仕事を得た。しばらくこのプロセスを繰り返した。教育を受けるにはあまりにスローペースだった。しかし働いていて学校に行っていないときでも、ジョージは自分自身で学習を続け、本を大量に借りて読み、たくさんノートを取った。

 フォート・スコットの高校を卒業するまで、二つのけっして忘れられない体験を除くと、すべてがうまくいったように思えた。ひとつは、フォート・スコットに三年住んだあとに起こった。ある日町の中を歩いていると、ふたりの白人の男が道の真ん中に坐りこんでいた。彼らにあざ笑われたとき、ジョージは恐怖と戦わなければならなかった。

「何そんなにたくさんの本を持ってんだ、坊や」頬に傷のある男がそういった。

「こ、これは……教科書です、だんなさま」ジョージは口ごもった。

「ハハッ!」もうひとりの男が頬に傷のある男の胸を肘で突っつきながら、ばかにしたように笑った。「こんなばかげた話、聞いたことあるかよ。黒人の子が本読めるってよ!」男の声は威嚇的なものから憎悪あふれるものに変わった。「冗談はやめなよ、てめえ。その本、どこで手に入れたか教えてやろうか。白人の子供から盗んだのさ、そうだろ!」彼は煽り立てた。

 ジョージはたまらずまわりを見て助けを求めた。このふたりの男は彼を傷つけるまで解放しないだろうと感じた。その日の午後、通りにはたくさんの人がいた。大半は白人だった。しかし彼らはジョージとふたりの男の横を通り過ぎ、その際には顔をそむけるのだった。ジョージはゆっくりとあとずさりをはじめた。しかし頬に傷のある男がジョージの襟首をつかんで、ひどくひねった。その間にもうひとりの男がジョージの手から本を奪い取った。

「白人から本を盗んで回る、いけすかない黒人のガキどもがどうなるか、たっぷり見せてやろうじゃないか」

 ドスッ! 

 硬い拳骨が胃袋を深く押しこむと、ジョージは後ろにぶっ倒れた。激痛が彼の体中に走り、埃っぽい通りに横たわった。本能的に彼はボールのように丸くなり、かかえるように両手を頭にのせ、防御の姿勢を取った。しかし男たちの靴先はジョージの首に食い込んだ。何度も、何度も、彼らはジョージの首に蹴りを入れた。ジョージは痛さの余り叫び声をあげた。しかしこれは男たちを焚きつけるだけだった。彼らは呪いの言葉を吐き捨て、さらに激しく蹴っ飛ばした。やられている間、ジョージは近くを通り過ぎる人たちのことを意識していた。しかしだれもふたりの悪漢から暴行を受けているやせた黒人少年を救おうとはしなかった。

 しだいに彼らはジョージをいじめるのにあきてきたようだった。そして互いに見事な拳闘だったと称えながら、笑いつつ、ふんぞりかえって通りを歩いていった。

 男たちが視界から見えなくなると、ジョージはゆっくりと立ち上がった。彼はポケットの中を探ってハンカチを見つけ、それで額のケガを押さえつけるように巻いた。彼は這って通りを渡り、木の根元に達すると、幹にもたれかかった。彼らが「楽しみ」を終えたあと、奪った本を置いていったのではと期待したが、そうではなかった。彼が一生懸命にお金を貯めて買ったノートや学校の教科書すべてがなくなってしまったのである。彼はそこに坐り、木の幹に倒れこむと、額の傷から血が流れるように、学校へ通おうという熱意が引いてしまった。何が問題なのか? 本や教科書なしでは何も学べないし、奪われた本を買い戻せるだけのお金も持っていなかった。

 ジョージはしばらくの間木の幹に体をもたせたまま坐っていた。そして彼は気持ちを強く持って立ち上がり、住んでいた小さなキャビンによたよた歩きながら戻っていった。帰りながらつぎに何をすべきか考えていた。翌日、彼は学校をやめ、新しい仕事に就いたようである。そしておそらく(推測だが)十分なお金を得て、翌年には新しい教科書を買い、学校へ戻ったようである。

 実際、ジョージが学ぶ熱意を取り戻し、翌年学校に戻ったのはほぼまちがいない。そのきっかけとなったのは、1879年3月26日に目撃したできごとかもしれない。ふたりの白人のごろつきに暴行を受けたことと、このできごとは、ジョージの人生の方向を大きく変えることになった。 



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