7 ケサル王はモンゴル人?   A・ダヴィッド=ネール (宮本神酒男訳)

「ケサル王のこと知っていますか?」と、数日後、私は雍和宮に属する小さな家に住むラマ教の僧に聞いた。

「当然知っています」と僧は答えた。「ケサル王は私たちの国の英雄戦士です」

「あなたたちの国? あなたはカムパですか?」

「いえ、もちろん違います。ご存じでしょうが、私はモンゴル人です」

「モンゴル人? ということは、ケサル王はモンゴル人なのですか?」

「そうです、疑いなく」

「しかしチベット人は、彼らの国のひとつだと言っています。それにリンという国はカム地方にあるはずでは」

「リン国がどこにあるか私は知りません。でもケサルはたしかにモンゴル人です。王が軍隊とともに再来するのはここモンゴルなのです」

「なんですって? ケサルは戻ってくるっておっしゃいました?」

「ええ、言いました。みんなそう言っています。これはたしかなことです」

「どうして王は戻ってくるのですか?」

「正義の統治に反対するすべての者たちと戦うためです」

 僧は私にぐっと顔を近づけ、確信に満ちた口調でつづけた。

「突然彼は偉大なる力をもって立ち上がり、間違った行動をする邪悪な心をもつ男たちと立ち向かいます。数えきれないほどの騎馬兵が、電光石火のごとき速さでケサルのあとを追うと、大地は軍馬の蹄が叩く音で揺れ、その疾駆する響きは雲の間にこだまします。

「この無敵の王が休んでいる間に、われわれもまた長く眠りすぎてしまいました。しかし王の帰還にそなえて起きなければなりません。世界を征服するために、王は何百万人もの居眠りをしているアジア人を起こし、彼らを率いるのです。一方で、われわれは無礼な白人どもを海に投げ込まねばなりません。中国人は弱すぎて、彼らの召使いになってしまいました。一方で、われわれは西欧諸国に侵攻しなければなりません。軍隊は侵攻しながら浄化していき、それが通過したあとには草の葉一本生えていないでしょう」

 私はどこにいるのか? だれが私にむかって話しているのか? 一瞬前、商人の会計士に質問しようと考えていたが、いまここにいるのは、ラサのデプン寺に滞在したこともあるよく教育されたタパ(僧)のはずだ。黙示録の予言者のように情熱的に、もうひとりのチンギス汗について僧が語るのを聞いて、私は口をあけて呆然とするしかなかった。

 彼は語りながら、モンゴル人特有の微笑みを浮かべた。

「どうぞ私たちの場所に来てください。お食事でもいかがですか」と私は言った。「(友人の)ラマ・ヨンデンがさぞ喜ぶことでしょう」

「ありがとうございます」と僧は言った。「私の師匠は中国人商人と商売について話をすることになっています。私は師匠の家にいて、いろいろとやることがあるのです」

 
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