心風景 landscapes within 39    宮本神酒男    物語の力 

  
厖大な物語を知るサンバとシャーマンのイェバ

物語は文字通り力を持っている。病人の病を癒したり、死者の魂を送ってやったり、旱魃(かんばつ)から作物を守ったり、さまざまなことにわれわれは物語のパワーを用いることができる。

 この神秘的な力の存在をあらためて教えてくれたのは、ネパール東部からインド・シッキムにかけての山岳地帯に分布するリンブー族(Limbu)のシャーマンたちだった。

 遠くにカンチェンジュンガ(8586m)の美しい山容を見はるかすタプレジュン地区の深い森を抜けると、おとぎの国のなかに出てきそうなかわいくこぎれいな家があった。サンバ(Samba)と呼ばれるタイプのシャーマンの家である。

リンブー族のもっとも一般的なシャーマンはペダンマと呼ばれるプリースト・タイプのシャーマンである。フィリップ・サガンによると、ペダンマは激しいトランスに陥ることはなく、うつらうつらと居眠りをするようなトランスのなかで、魂の旅をし、祖霊の城にとらわれている病人の魂を取り戻すのだという。

 ペダンマほど数は多くないが、際立った特徴をもつプリースト・タイプのシャーマンがこのサンバだった。なにが際立っているかといえば、サンバは厖大な物語(ムンドゥン)のレパートリーをもっているのだ。といっても古い民間伝承の語り部というのではない。彼はじつに多くの儀礼の仕方を知っているが、そのさいによむ祭文や儀礼歌を数えきれないほど知っているということなのだ。この祭文や儀礼歌は、ひとつひとつが完結した物語だった。

サンバの頭の中は、いわば物語の森のコスモス(宇宙)だった。

たとえば、病人がいれば、サンバは物語にふさわしい舞台を設置し(つまり祭壇ないしは祭場をつくり)、聖なる真鍮プレートをたたきながら、物語をつむぎだした。

 ともに真鍮プレートをたたき、歌うのはイェバと呼ばれるヒマラヤの典型的なジャーンクリ(シャーマン)だった。なにが典型的かといえば、イェバになるのはほとんどが少年時代で、精神が不安定になると彼らは森の奥深くに入っていった。そこで妖怪のような非現実的な存在や神のような存在(先輩シャーマン?)の手ほどきを受けてイェバ(シャーマン)となるのである。イェバは深い、激しいトランスに陥り、肉体を離れて魂の旅をすることもあるという。

 私はサンバの家の庭でトンシン儀礼を見ることができた。この精霊をなだめる儀礼はとても複雑で、完全におこなおうとするなら、三日間を要するという。このサンバとイェバによっておこなわれたのは簡略化したものだったが、それでも数時間を要した。

 彼らが設営したシンボリックな祭場を私は気に入っている。彼らはまるで創造主になったかのようにこの宇宙樹を中心とするコスモスを創り出すのである。


聖なる真鍮プレートをたたき、回転しながら宇宙樹のまわりをまわる 

 以下はこのトンシン儀礼の説明。
 トンシンの祭場中央のオブジェは、イェバとサンバとでは微妙に異なる。イェバは二本のポール(イェゲシンとよぶ)をたてる。その間に七つの階段の象徴が作られる。サンバは一本のポール(ケシンとよぶ。切り出した樹幹)をたて、その間に八つの階段の象徴が作られる。この階段付きのポールは、世界の中心にあり、階段を上がって天に到達できるという、まさに宇宙樹(アクシス・ムンディ)である。

  ポールの途中に大きな竹籠が結び付けられる。(*村では竹籠が結び付けられるのはイェバのポールのみと聞いた)そのなかにはサプシン樹の枝、鎌、小刀がいれられ、布ですっぽりと覆い隠す。竹籠の下には横長の太鼓(ケ、あるいはチャブルンとよぶ)が置かれる。階段(の象徴)の上辺に祭壇が設置され、その上にバナナの葉が敷かれ、ロキシー(蒸留酒)などの供え物が置かれる。ポールには随意に、削り花状の短いスティック(ムクトゥブン)が飾られる。ポールの下には竹籠に土が埋め込まれ、植木鉢のように見えるトンシン(男用と女用のふたつ)が置かれる。トンシンの上面の土にはヤグランシン、ムクシンという生きた人の魂を象徴する削り花スティックと、サミュクナという死者の魂を休ませる削り花スティックが挿される。トンシンの胴回りにはタテにケマ・トンシンという死者の魂を象徴する削り花スティックを挿す。各トンシンに鎌とククリ(山刀)が置かれる。削り花にかぶせるように、羽根と首飾りがかけられる。

  儀式はまず、ポールのかたわらで、サンバやイェバが過去の大ペダンマ、大サンバ、大イェバ・イェマたちの助けを借りながら、守護霊であるマンマン・シレ・ケドゥンマ・シバキャミ・ポクワマを呼ぶことからはじまる。かれらは太鼓や真鍮プレートを叩きながら、しだいにトランスがかっていき、生け贄としてのブタ、トンバ酒、コインを捧げるサンボク・ペンマ儀式をおこなう。

  それから天地創造のムンドゥンを歌いはじめる。さまざまな神の名があげられ、主役級のタゲラ・ニンワフ、そして創造神ポロクミ・ヤンバミが登場する。以下はこの神が人間を創造する一節である。

  創造神は海を見て物足りないと思い、水棲生物をつくった。また陸を見て物足りなく思い、山、森、植物、鳥、動物をつくった。しかしそれでも物足りないので、人間をつくった。創造神は美しく、不死の人間をつくろうとしたが成功しなかった。そして最後に、ヒマラヤ竹を焼いた灰と、鳥の糞で汚れた土、そして水をあわせたものに「活気」を吹き込んで、人間を完成した。創造神が声をかけると、人間はそれにこたえた。人間ひとりではさびしいので、創造神は女をつくった。そうして世界にたのしいこと、刺激的なことがあふれるようになったが、いっぽうで死と病、恥辱、苦悩などが発生した。

 儀礼は延々とつづくのだが、残りは割愛させていただく。まとめていうなら、このあとも儀礼がつぎつぎとおこなわれるのだが、そのたびにあらたなムンドゥン(物語)が読まれた。ムンドゥンのひとつひとつがパワーをもっていた。大きな不幸にみまわれず、小さな幸福を得ることができるのも、こうしていつも精霊や神々をなだめているからである。もし大きな不幸が訪れたとしたら、それは儀礼を怠ったり、やりかたが間違っていたからなのである。

 サンバの家 

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