他人を批判するな――あなたの、そして彼らのために 

 他者を批判するのは満月の黒点を指摘するようなものだ。満月はまばゆく、心やすまる月光をふんだんに降り注いでいる。そう、いくつかの黒点が見られるのはたしかだ。しかし月がこんなにも輝いていて、美しく、恩恵を与えているのに、なぜそこに焦点を当てなければならないのだろうか。だれもが欠点を持っている。しかしより重要なことは、だれもが美しい魂を持っているということだ。わたしたちは人の美点を見るか、欠点を見るか選ぶ能力を持っている。つまりわたしたち自身や彼らをポジティブ、あるいはネガティブなエネルギーで満たすことができるのである。

 イエスは弟子たちに言った。「祭壇に供え物をささげようとしているとき、兄弟が自分に対して何か不満を抱いていることを思い出したなら、 その供え物を祭壇の前に残しておき、まず兄弟のところに行って和解し、それから戻ってきて、供え物をささげることにしなさい」

 イエスは弟子たちから、罪を犯した者に対し、何回まで赦すことができるのかと尋ねられた。昔の教師たちは七回までなら赦すと答えていたのだ。しかしイエスは、七回どころか七の七十倍までも赦しなさい、と答えたのだった。赦しは強固な精神的基盤をなすのである。

 ヨーガの中では、すべてのものが心(メンタル)の状態にしたがって見えると言われる。わたしのグルの師であるシュリー・バクティシッダーンタ・サラスワティーはよく言っていた。「私には他人の欠点がよく見えるよ。なぜなら私が欠点だらけだからだ」。彼のアシュラムの僧侶たちが喧嘩をしたとき、彼は互いに対峙するように彼らを坐らせ、相手のいいところを唱えさせた。相手の長所を思い出しながら、彼らはライバルの欠点が全体の中ではささいなものにすぎないことを認識したのである。

 シュリー・バクティシッダーンタはかつてバクティについて教えるため遠く離れた都市に弟子のグループを送ったことがあった。彼らはほとんどお金がなく、行こうとしているところにひとりも知り合いがいなかった。二年のうちに彼らは数千人の人々を鼓舞し、使命を果たすのを助けた。そして徐々にグルが求めたように、美しい寺院を建設した。しかし正式発足の式典のためにバクティシッダーンタが来る数週間前、プロジェクトの責任者はある若い僧侶が若い女性と交際していることに気がついた。それはアシュラムの規則からははずれた行為だった。プロジェクトの責任者は彼を厳しく批判し、若い僧侶は落ち込んでしまった。だれにも何も言わず、彼はアシュラムを去った。

 バクティシッダーンタが着いたとき、何千人もの町の人ができたてのみごとに装飾された寺院の前で楽しそうにキールタン(宗教賛歌)を歌い、クリシュナの名を唱えて歓迎した。何千人ものゲストのために、豪華な祝宴が準備された。祝祭の活気は圧倒的だった。シュリー・バクティシッダーンタはまわりを見回した。すべてのものを、すべての人を見た。弟子たちはグルに喜んでもらえると期待して、にこやかな顔になっていた。しかし喜ぶどころか、彼の表情はみるみる険しくなった。彼は若い僧侶はどこに行ったのかと尋ねた。プロジェクトの指導者たちは沈み込んだ。起こったことは隠しようがなかった。そして彼らはグルに何が起きたか話した。バクティシッダーンタはまじめな表情で彼らの目を見つめて言った。「寺院、修行者たち、すばらしい食べ物にあなたの飾りつけ、そのどれをとっても、私にとってはあの僧侶ほどには重要なものではない。彼は間違いを犯したかもしれない。しかしそれが彼をくじけさせる理由にはならない。あなたがたが彼を連れ戻すまで、私は満足しないだろう」

 指導者たちは動揺していた。若い僧侶はだれの目にも高い評価を得ていなかった。しかし彼らからすると師はもっと高次のビジョンを持っているようだった。彼らはあらゆるところで若い僧侶を探した。そしてようやく時計修理店で働いている彼を見つけた。彼が去ったことに対する師の反応を知って若い僧侶は泣いた。そして荷物をまとめて戻ったのである。寺院に到着したとき、バクティシッダーンタは彼を暖かく迎え入れた。プロジェクトの指導者たちと若い僧侶の間で和解が成立したあと、喜びに満ちた祝祭が続いた。

 ほかのバクティの偉大な教師たちと同様、シュリー・バクティシッダーンタは弟子たちに、心(ハート)、心(マインド)、魂をクリシュナに捧げるように、あるいはクリシュナのために愛を目覚めさせるように、互いに愛を提供し、尊敬することを学ぶべきだということを理解してほしいと考えている。ひとつの魂をスピリチュアルな生活に導くには途方もない努力が必要だと彼は言った。どうしてわたしたちは、道の途中で間違いを犯してしまった誠実な人をくじけさせるのだろうか。

 忍耐強く、広い心で、つつましやかに互いに思いやることは、スピリチュアルな道を歩むために欠かせないことである。バクティシッダーンタはいつくしみと他人のなかのいい面を育む意志を示し、「汚点」にことさら焦点を当てるべきではないと示した。ちなみにこの僧侶はのちに偉大なスピリチュアルな指導者になった。

 

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