アメリカ杉の秘密
毎年わたしは親しい友と一日を過ごすために北カリフォルニアへ旅行に行く。わたしたちはとてつもなく大きなアメリカ杉の木が並ぶ聖域、ミューアの森をいっしょに歩く。わたしたちはここで心と思考を分かち合う。歩きながらそびえたつセコイアの巨木を見上げることになる。木はあまりに高く、太陽光が地面に届くのを許さないほどだ。分厚い樹皮は音を吸収するので。わたしたちは沈黙に包み込まれることになる。
ある日わたしたちはたまたま森林公園警備隊員のまわりをツアー・グループの人たちが囲っているところに出くわした。彼は森の秘密について話していた。わたしたちは立ち止まって耳を傾けた。彼は説明する、アメリカ杉とセコイアは地球上でもっとも大きな木であると。ミューアの森の多くの木は樹齢数百年である。しかしその根は深く張ったものはなく、土壌ももろく、丘の多い地形であることから、樹々には支えとなるものがない。しかしながら何世紀にもわたってこれらの樹々は巨大な暴風や極寒のブリザード、破壊的な地震にも耐えてきた。浅く張った根で、どうやって樹々は立っていることができるのだろうか。
森林公園警備隊員はアメリカ杉の地下の秘密について語った。その根は外側に向かい、ほかのアメリカ杉の根にしっかり絡みついているのである。根同士の抱擁は永遠の結束を作り出していた。こうして樹々は互いに支え合っているのである。あらたに挿し木された樹々も守られた。古代の巨木があたらしい木の根を守るのである。この地下の根のネットワークによって、森の中のすべてのアメリカ杉の木々が、直接的にしろ、間接的にしろ、互いに結びついていた。彼らの強さはその協調性にあった。協調性が彼らに育つ力を与え、逆境に直面しても耐えることができたのである。
ここミューアの森では、母なる自然が人間性について教えてくれる。それは幸福についての重大な授業である。不足しているところもあり、違いもあるけれど、わたしたちの強さは互いを思いやるところにある。愛情の根でもって手を差し出し、分かち合い、いたわり合い、支え合うことによって互いを抱擁することになる。自己陶酔はわたしたちを限界ぎりぎりの浅い土壌へと追いやる。すなわち欺瞞的なエゴに頼らざるをえない。「わたし」や「わたしのもの」という考えをやめ、「わたしたちのもの」と考えられるようになったら、わたしたちの根は愛、信頼、思いやりという土壌を強く握ることだろう。そしてそれが惜しみなく与えられたものであることをわたしたちは思い出すだろう。