媽祖物語 宮本神酒男 編訳
5 浪の向こうの兄を捜して
林黙の兄が海で遭難してからは、家族の者はみな泣けば死者が生き返るかとでも思うかのように泣いた。黙娘は兄を救えなかったので、心を痛め、涙を流しながら母の前に跪いて話しかけた。
「娘であるわたしはお兄さまを救うことができず、お母様をこんなにも悲しませてしまっています。娘は親不孝でございます」
「天はあなたの兄さんの命を望まれたのです。それのどこがおかしいでしょうか。かわいそうな兄さんはいまごろ魚のお腹の中でしょう。母親を呼んでも答えず、心休まることはないでしょう」と言うと、また泣き崩れてしまった。
黙娘は母が心を痛めているのを見て、心が割れるように感じた。彼女は母親を慰めながら言った。
「お母さん、もう嘆かないで。わたしが海に行ってお兄さんの遺体を探し出してきますから」
黙娘の言葉を聞いて、母と兄嫁はともかく彼女についていくことにした。
海辺に着くと、岩礁の下では浪が砕け、海面には霧が広がり、頭上では雷鳴が轟き、地上には強風が吹き、それからどしゃぶりが降ってきた。林黙の母親は大きな声で海に向って叫んだ。
「ああ、息子よ!」
黙娘は母を引き寄せて言った。
「お母さん、落ち着いてください。わたしにいい方法があります」
そう言うと手を合わせ、口のなかでなにかつぶやいた。
「天神さま、水神さま、至聖、至霊なる方々、弟子の林黙が海辺にやってきました。これから海を渡り、兄の遺体を捜したいと存じます。どうかご加護をください。一刻の猶予もありません」
林黙が語り終えると、雨がやみ、雲は去り、風や浪はおさまった。すると海面の遠くないところで漣(さざなみ)が揺れ、浪しぶきが舞うなか、水神が海から現れ、波頭で止まって恭しく出迎えた。
林黙の母と兄嫁はこの光景を見て心底恐ろしいと思った。彼女はふたりをつれて岸辺の風の当たらない場所へと導いた。そこで彼女はひとり海の中に飛び込んだ。
しばらく泳ぐと岩窟があった。洞窟の中に妖怪の群れがあり、踊るように喜びながら兄の遺体をむさぼり食っていた。黙娘の心の中に怒りが湧き起こり、一喝した。
「この妖怪どもめ! 狂宴は終わりにせよ!」
首領格の妖怪が刺股(さすまた)で黙娘のほうを指しながら言った。
「どっから来たんだね、お嬢さん。勝手に入ってきて冥府の仕事にケチをつけようとはたいした根性だ。わかったら、とっとと出ておいき。さもなければこの刺股の威力を見てもらうことになるよ」
黙娘は「ハッ」と声を上げて気合を入れた。
「妖怪どもよ、死んだだけでも災難だというのに、さらに痛めつけようとは。こうなったら洞窟の外でわたしとどちらが強いか白黒つけようじゃないの」
そう言うと黙娘は洞窟から外へ飛び出した。
妖怪の一群は彼女をどうするか、喧々諤々の論議をした。
「女子(おなご)を捕まえよ、取り逃がすでない!」妖怪のだれかがそうそう叫んで洞窟から飛び出した。
このとき黙娘の頭上で抜かれた銀の指股が弾き飛ばされた。すると上のほうで金の太鼓が鳴り響き、ぼんやりとした光があたりを覆った。妖怪らの目は黒く焼け、もんどりうって地上に倒れた。
これを指揮したのは竜王だった。竜王は海底で渦を巻き起こし、自らエビ兵やカニ将の軍隊を率いてやってきたのだった。妖怪と黙娘が戦っているのを見て、自軍の兵士に命じて妖怪を捕らえ、水中の牢屋に閉じ込めたのである。
林黙は竜王に感謝の意を伝えたあと、岩窟に引き返し、兄の遺体を抱きかかえると、家族のもとへと戻っていった。