媽祖物語 宮本神酒男 編訳
6 帆型の髷が示す志
湄洲島やその北岸の各漁村では、やや年嵩の女たちはみな現地の人が冠と呼ぶ帆の形をした髷(まげ)を好んだ。言い伝えによるとこの髷は林黙(リンムー)が考え出したものだという。生前林黙はこの髪型が大好きだった。人々はこれを「媽祖髷」と呼んだ。
伝説によると林黙は生まれながら非常に美しかった。十八歳になったとき、両親は娘の婚儀を整えようとしていたが、彼女はわけもなく三日三晩、ぐっすりと眠った。目覚めたあと、彼女は水を盆に三杯汲み、三度髪を洗い、それから寝屋のなかにこもって髪を梳(くしけず)った。彼女は髪を三等分し、真ん中の部分を髷にし、左右の部分を櫛ですいた。最後に髪を頭のうしろで骨針を使ってとめた。さながら船の帆のような髷だった。髷の真ん中には赤い糸のつながった銀の針を通した。
黙娘(ムーニャン)は三日三晩梳った。十分髪をすいたあと、彼女は部屋の扉をあけて家族や漁師の女たちの前にあらわれた。そのあまりの美しさに人々はただ呆然とするだけだった。女たちがこぞって髪の梳き方を教えてくれと懇願すると、黙娘はにっこり笑って惜しみなく教えた。そして両親にたいして言った。
「お父さま、お母さま、ご覧ください、わたしは髪を梳って、髷はまるで船の帆のようです。針は碇(いかり)のようです。糸は艫綱(ともづな)のようです。わたしは身も心も海に捧げました。ですからお父さま、お母さま、婚儀のことはもうお忘れくださいませ」
両親は娘の決意が固いことを感じ取ったので、もう二度と無理強いしようとはしなかった。のち黙娘が羽化登仙したあと、湄洲島や北岸の各漁村の女たちは、嫁入りするときはかならず帆型の髷を結って黙娘の志をあらわし、海神を敬慕する気持ちを示すようになったのである。
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