ばけ猫オパリナ あるいは九度転生した猫の物語
ペギー・ベイコン 宮本神酒男訳
第四の生(1800) とくに何もなく
つぎの夜、子どもたちが古い赤いイスのまわりで身を寄せ合っていると、オパリナは目を開きました。
「いよいよ四度目の人生、あ、猫生だね」とフィルがいいました。
「物語を待ちわびていたんだね!」オパリナはシッといって、目をパチクリとさせました。
「あんたらはあたしがここにすわって、楽しませることをあたしの義務だと思っているようだね」
「どうしてそんなこというんだよ、オパリナ」とフィルはいいました。「そんなふうに思ってないよ。物語を話すのが好きだと思ったんだ」
「それにわたしたち、物語を聞くのが好きなんです」とエレンは機転を利かせていいました。
「どうか話、きかせて」ジェブがなだめかすようにいいました。
「たいへんすばらしい、若者諸君。とくに年上のふたり」とオパリナはつづけていいました。「好奇心を満たそうとすることにあたしは反対しない。あたしがユニークな特権をもっていることを覚えておいてもらえるならね。幽霊の自伝をきくなんてチャンスはめったにないからね。とくにペルシアの王女の幽霊の自伝は」
「それ、知ってます」エレンはいいました。「とても楽しみにしています。感謝の気持ちでいっぱいです」
「四番目の話も聞きたいんです」とフィル。
「でもその前にたずねたいんですけど」順番通りに話をききたいエレンが割り込みました。「フィービーとジムは大きくなってどうなったの? ここにずっと住んでたの?」
「住まなかったわ! ふたりとも家を出て悪運にみまわれたの! ジムはナンタケットに行っておじの捕鯨船クリストベル号の船員になった。フィービーはバーモント州の酪農家に嫁いだわ。この古いお屋敷に残ったのはベンだった。ほんとに残念なことにね」
「どういうこと? ベンっていい子だったんでしょ?」
「そう、いい子、考えられるかぎりいちばんいい子! ベンを嫌いな人に、会ったことない。でもいっしょに暮らすと、こんなにつまんない人間もいないってくらいつまんないの。父親もガッカリしたと思うわ。
船長が期待したようには、ベンは海への愛情をはぐくまなかったの。ベンはすなおな子ではあった。職務はきちんとはたし、キャビン・ボーイとしては申し分なかった。でも海のことには、からっきし興味を示さなかったの。外国のことで興味があるのは通貨に関することだけだった。ペイズリー家の者が訪れた国々に関していえば各国の貨幣のサンプルを集めていた。でもこの趣味がベンのキャリアのはじまりになったの」
あたしは四度目の猫生をベン、ことベンジャミン・ペイズリーとすごしました。それはおそろしくかったるい猫生でしたけど。ベンは大きくなって学究心あふれる学士になりました。貨幣学者であり、古代貨幣の研究者でした。それらを求めて彼は世界中を旅行しました。長い旅路のあいだ、屋敷は閉鎖され、あたしはまったくのひとりだったのです。
彼が家にいるときは、面白いことがなにもありませんでした。ペイズリー氏は貨幣を収集し、それについて書くことにすべての時間をついやしました。彼のコイン・コレクションは秘密の部屋に隠され、わずかな仲間にだけ見せられたのです。
ペイズリー氏が八十歳で死ぬまで何も起きませんでした。そしてここはカンバーランドという人々に売られました。
オパリナはあくびをして、それから顔をゴシゴシきれいにしました。まるでこれらの日々が死ぬほど退屈であったことを表現しているかのようでした。前足の上にあごをのせると、オパリナは両目を閉じました。
「オパリナ、寝ちゃだめ!」
「話をして!」
「カンバーランド家ってどんな人々なの?」
「話して、猫さま。もっと話聞きたいの」
オパリナはジェブを見て母親のようにニコニコ笑顔を浮かべました。ようやく眠気が取れたのか、カンバーランド家のことを話す気になったようです。
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