少年たちはベイツィのあとをついて丘をのぼり、木々やつたがついたてになった花崗岩の崖にたどりつきました。つた植物のかたまりの下に狭いすき間があり、かれらはそこからなかにはいりました。マッチをこすり、ロウソクに火をつけると、ゆらめいた炎がしだいに安定していきました。そしてその輝きが増して照らし出された光景に双子は驚きました。
かれらは小さくてまるい洞窟のなかにいました。分厚い松葉が敷かれ、洞窟の床(ゆか)ができていました。その床の上にはベイツィがわなを仕掛けたり、銃で仕留めたりして得たクマ、キツネ、ヤマネコ、ウサギ、マスクラットなどの野生動物の毛皮が散乱していました。洞窟の奥には枯れ葉の置き場の箱がありました。木の葉と松葉からとてもいい森の香りが漂ってきました。
岩壁に立てかけられていたのは手作りの釣り竿、短銃、ノコギリ、斧、ハンマーでした。バーラップ(黄麻)のバッグと古いほうきが釘にぶらさがっていました。洞窟の真ん中には木の幹が置かれ、その断面がテーブルの役目を果たしていました。テーブルの表面には赤いオイルクロスが掛けられ、その真ん中には木を削って作られた皿が置かれていました。ベイツィが自慢したがるのももっともな、とてもすてきな家でした。洞窟のなかは清潔がたもたれ、居心地よく、楽しかったのです。月並みなところはまったくなく、双子はほっとしました。冒険好きの一匹オオカミにとっては完璧な隠れ家でした。
「このテーブルで手紙書いたほうがよさそうだな」ベイツィは皿にロウソクをさしながらそういいました。かれはバーラップ(黄麻)のバッグから紙を一枚抜き取り、パトリックから鉛筆をもらってテーブルに向かいました。双子も明かりがついたテーブルに近づいてすわりました。
手紙を書くのはそれほどたやすくないことがわかりました。双子が書きたいように書けば早くすんだかもしれません。しかしベイツィは自分のことばで書くことにこだわったのです。
「はじめはミスターだな」
「親愛なるミスター・カンバーランドさまですよ」パトリックがいいました。
「おれには親愛なる人じゃねえぞ」
「でもこれは慣用的ないいまわしなんです」
「いいや、親愛なるなんて呼ばないからミスターだけでいい」
ベイツィは手を煩わしてカンバーランドと書きいれるのもいやがりました。「ミスターだけで十分だろよ」
かれは文字を書くこともままならなかったのです。たとえばEやRが左右逆に向いていました。Sもうまく書けなかったし、言葉を分けて書くことも知りませんでした。文字をなんとかかたちにしようとすると、力がはいりすぎて紙が破れそうになりました。鉛筆の先をなめ、それを不器用につかむと、畑で鋤(すき)をいれるように紙の上で動かしました。まちがい文字だらけで、きちんと書けたのはほんのわずかにすぎませんでした。それでも苦心のすえ、一時間後にやっと文章らしいものができあがりました。
ミスター
おれはあんたらの子どもをあずかっている
この子らのためにおかねほしい
おかねを森のそばの小屋においてくれ
あすの朝だ
「ほんとにきれいに書けてるなあ」ベイツィは紙片をのばし、持ち上げて日光にすかすと、くちびるでチュっとキスをして、じぶんの作品をほれぼれとながめました。
双子は手紙を広げて見せるようにベイツィに頼みましたが、聞き入れてもらえませんでした。パトリックはベイツィの肩のうしろからのぞき見しました。
「ちゃんとした招待の手紙には見えないよ。ぼくらをここに泊めたいって書いてないし」
「おれがあんたらを泊めたいと思わなければ、あんたらは泊まってないだろ。それが論理ってもんだ。ほかのだれも泊まったことないんだぞ」
この手紙が祖父を満足させるだけのあいさつならよかったかもしれません。
「なぜおかねが必要か書いたほうがいいんじゃないでしょうか」ペリーは声をしぼりだしていいました。おなじことを三度ききました。
「おかねはあんたらのためだと書いてるだろ?」とベイツィはこたえました。三度おなじようにこたえました。
「でもやっぱりおかねは食べ物買うためって書くべきだよ」とペリーは主張しました。「ミルクやタマゴ、ポテトを買うんだってね。そしたらおじいちゃんもぼくらがキャンディーやポップコーン、ソーダ、風船を買うんじゃないってわかってくれるよ」
「この手紙で十分だろ、なんどいえばわかるんだ」とベイツィはいらだちながら、芸術家がじぶんの新作を守るように手紙を握りしめました。
「でも玄関横のポストじゃだめなの? おじいちゃんはおかねを置かないの? 果樹園近くの小屋だと家から遠すぎるよ」
「そこだったら、家族の連中が窓からおれを見て、とんだ場違いだってクスクス笑うだろ?」
「まあそうですね」ペリーはあきらめたふうにいいました。「ここに署名してくださいませんか」
「できねえよ」
「じぶんの名前が書けないってことですか」
「あんたみたいに書けないってことだ。おれの名前はややこしいからな」
「どういうこと? ベイツィってかんたんでしょ。ディグスだって」
「いや、ベイツィは本名じゃないからな。それにベイツィって名、すきじゃない。ベイツィは、孤児院時代につけられた、ベルフリーのコウモリっていうニックネームを短くしたものなんだぜ。本名はバーソロミューだ。いい名前だろう? このスペルはむつかしいから、あんたら書けんだろう」
バーソロミュー! たしかに双子はこのつづりを知りませんでした。
「バーソロミュー・ディグス」ベイツィは勝ち誇ったようにいいました。「とてもいい名だ。偉大なるつづりだ」
「じゃあ署名してください、お願いです」ペリーはうながしました。
「いやだね。お高くとまった名だからね」
「署名してくださればいいだけです」
「ま、それが礼儀というものか」
パトリックがつづりを書き、ベイツィはそれを写しました。
署名の下にすこしスペースがあったので、双子は手書きでいくつかの言葉を書き入れました。
「親愛なるおじいさま、遅かったからといってムチで打たないでください。パトリックより愛をこめて」
「親愛なるおじいさま、すこしばかりの食べ物が必要です。ペリーより愛をこめて」(これはおカネが賢明に使われるということを知らせるために書かれました)
「この手紙、あんたらのおじいさんのうちに持ってくぜ」ベイツィはそれをちいさくたたんでポケットにおしこみました。
老いぼれ隠者は、少年たちが疲れてぐったりすればするほど、いままでになく元気になりました。
「ちょいと眠ったらどうだい」隠れ家の主人は洞窟の奥の物置き場を指さしながら、いいました。「そこまではって行きな。みんなが寝れる広さはあるだろ」
たしかに十分なスペースがありました。物置き場は五、六人のおとなが寝られるだけの広さがあったのです。少年たちが木の葉のベッドのなかに体を沈めると、ベイツィはかれらに鹿皮のふとんを渡し、ロウソクの炎を消し、洞窟から出ていきました。
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