雨が激しさを増しました。夜も更けてきたころ、ミス・パンキーは咳払いを耳にしました。くたびれたフォードが車体を揺らしながら門からはいってきました。それはシューっと音をたて、濡れた犬みたいにブルブルふるえて、私道のはしで止まりました。

 車から男が出てきて、木の叉からぶらさげられた下宿屋パンキーと書かれた看板をじっと見ました。それから車のドアをあけると、女性と子供が降りました。三人は私道のはしから玄関へと歩いてきました。

 ミス・パンキーは明かりをつけ、扉をあけました。

「一晩とめていただけないでしょうか」と男はたずねました。

「申し訳ございません。宿はしめてしまいました。今日はもうクローズです」

「ああ、なんてこった。われわれは今夜はもうどこにも行けません。一日中運転してきたのです。じっさい、夏のあいだずっと運転してきたのです。カリフォルニアからここまで来たのです。今夜だけどうにかならないでしょうか」

「使用人がひとりもいないのです。わたくしひとりきりなのです。家には食べるものもありません」

「それなら気にしないでください。車の中にすこしだけ食べ物があるのです。そんなのでいつもしのいできましたから。キャンプしながら大陸を横断してきたのです。雨が降っていて、ひどく疲れたのです。どうかわたしたちをいれてください」

 心やさしいミス・パンキーは拒むことができませんでした。かれらは屋敷のなかにはいってくると、自己紹介しました。男は芸術家で、ブルーノ・ブリット。女は妻でアマンダ。息子はジュニア・ブリットで、愛称はビンゴでした。少年は夢見るような目をしていて、心ここにあらずという感じでした。かれらの服装はミス・パンキーがいままで見たことがないようなものでした。彼女はこの一家を二階のダブル・ベッドルームに案内しました。

「すてきな部屋だわ」とアマンダは物思わしげに言いました。「「でもなんだか高そうだわ。わたしたち倹約しているので」

 ミス・パンキーはため息をつきました。「料金をとれるとは思っていません。ごらんのように、働いている者がひとりもいませんから。掃除もできていません。こっちにはサイドルームがあります。お子さんが使われるといいですわ」

「部屋はひとつで十分です」アマンダは言いました。「ビンゴはベッドで寝るのが好きではないのです。いつも寝袋で寝ています」

「ともかくお子さん用の部屋はあるということです」ミス・パンキーは言いました。

「ありがとう、でも部屋はなくてけっこうです」と少年は言いました。

「ビンゴはじぶんで寝る場所を探しますから」と父親は言いました。「さて、車から持ち物を運んでくるとします」

「すくなくとも今夜はこの家にわたしひとりではないわ」ミス・パンキーはブリット氏が忙しそうに玄関ホールに家族の持ち物を積み上げるのを見ながら、ひとりごとをつぶやきました。かれらの所有物というのは、使い古したキャンプ用品、イーゼルとスケッチボックス、ふたつのダッフルバッグ、束になったボロボロの妖精の本などでした。

 ブリック一家はあっという間にそこをじぶんたちの家にしました。アマンダはダッフルバッグを上の階へと運び、ビンゴが寝袋を引きずりながらそのあとをついていきました。母親が荷物をほどくあいだ、息子はドアをあけたり閉めたりしながら、つぎつぎと、すべての客間を走り回りました。その音はすさまじく、まるで下宿屋が客であふれかえっているかのようでした。

「今夜どこで寝るか考えてるみたいだな」ブリット氏はミス・パンキーにとってつけたかのような説明をしました。そして彼は小さな石油ストーブと食料などをつめたかごをキッチンにはこび、夕食をつくりはじめました。

 とてもおいしそうなにおいが階下の部屋すべてに広がりました。ミス・パンキーは紅茶とトーストよりも心あたたまるようななにかがほしくなりました。一時間半後、ブリット氏は客間にやってきてミス・パンキーをキッチンでの食事に招待しました。「食事だよ、アマンダ!」と彼は二階に向かって叫びました。「ビンゴ、キッチンに食べにおいで!」するとアマンダとビンゴはすぐに降りてきました。

 長いキッチンテーブルのはしに三つの席がつくられました。テーブルのもう片方のはしの下に四つ目の席が作られ、ペーパーナプキンが置かれました。

「ビンゴはピクニックが好きなもんでね」とブルーノはチキンとごはんをそれぞれの皿にならべながら言いました。

 ビンゴはテーブルの下のじぶんの皿の前にすわりました。「ぼく、オークの木の下にすわってるんだ」と彼は言いました。「ここには木の精ドリュアスがすんでいるよ」

 そしてみな、がつがつと食べはじめました。ミス・パンキーは、こんなにおいしいチキンのシチューは食べたことないと宣言しました。

「カレーだけどね」とブリット氏はいいました。

「ビンゴ、結局どこに寝袋を置くことにしたの?」アマンダは息子にたずねました。

「猫のいる部屋にしたよ」

「あら、ミス・パンキー、猫を飼ってらっしゃるのね」

「子猫が二匹います」

「ぼくたち、みんな猫好きなんだ」とブルーノはいいました。「とくにビンゴがね。猫が大好きなんだ」

「よかったわ、わたしとおんなじね」ミス・パンキーは驚きの、でもほっとしたような声をあげました。

「それにおかあさん、子猫たちの名前がとてもすてきなんだ。ペティジョンとクラッカージャックっていうんだ。ペティジョンは大好物のシリアルの名前でもあるし」

 ミス・パンキーはとてもこまった顔をしました。「どうやって子猫たちの名前を知ったのかしら」

「オパリナが教えてくれたんだ」

「オパリナ? それはだれかしら?」ミス・パンキーは神経質そうな顔をしてたずねました。

「大きな白猫だよ。子猫たちの世話をしているんだ」ビンゴはこたえました。

 ミス・パンキーはフォークを落としてしまいました。「でも……ビンゴ、わたしは大きな白猫なんて飼ってないわ」

「その猫、現実じゃないんだ。一種のおばけだよ。うっすら、ぼんやりとしていて、異次元世界からやって来たみたいなんだ。大気のもっとも美しい層から作られたって、猫がじぶんで言ってた」

 ブリット氏は思わず噴き出した。「ビンゴ、これ以上人をわずらわせてはいけないよ。パンキーさん、この子は妖精の物語で頭がいっぱいなんだ」

「この子は想像力があふれすぎているのよ」とアマンダはいいました。「この子はいつもそこにないものを見ているの」彼女は立ち上がり、からになった皿を流し台に持っていきました。

「デザートは何なの、パパ」ビンゴがたずねました。

 ブルーノはリンゴがはいったボウルをテーブルの上に置きました。「リンゴしかないんだ。プディングを作る時間はなかったよ。着いたのがおそかったからね。コーヒーはいかがですか、ミス・パンキー」

「ええお願い! いえ、その……ノー・サンキューじゃないってことです」彼女はブルーノの手から直接カップを受け取りながら、口ごもりました。彼女はあわててしまって、じぶんが何をしているのかもわからなかったのです。心ここにあらずといった感じで彼女は砂糖をコーヒーに何度もいれ、かきまぜました。

 夕食のあと、アマンダがビンゴに寝室に行ってベッドをととのえるようにと話したとき、

ミス・パンキーは大きな声でいいました。「寝るのは子猫の部屋でないほうがいいですよ。だって電気が通じてないんですから。それにケロシン・ランプの部屋に子どもを置いておくのは危険です」

「オパリナが発している光で十分だよ」とビンゴはいいました。そして両親にキスをし、ミス・パンキーにおやすみといって、軽快な足取りで階段をあがっていきました。

「ビンゴは暗闇をこわがらないんだ。ほかのものもね」父親は誇らしげにそういいました。

 おわかりでしょう、ビンゴ・ブリットは二匹の子猫、それにあたしととても仲良くなっていたんです。

 アマンダがお皿を洗い、ミス・パンキーがそれらを拭くあいだ、ブルーノはかれらの生涯を簡潔に話しました。彼は巡回肖像画家でした。その職業ゆえ、一家は遊牧民のような生活をしていたのです。かれらは車に乗って全米中をまわりました。そのあいだにこの村、あの村でとまるのです。とまると、つぎにブルーノは家から家へとまわります。喜んですわってくれる人の肖像を描き、それを数ドルで売るのです。彼はすばやく絵筆をふるい、そっくりの肖像画を描き上げました。彼はこうして食べるものと古いフォードのガソリン代をなんとか稼ぐことができました。とはいっても家を買ったり借りたり、マイホームで落ち着いた生活を送ったりするには十分ではありませんでした。

「どこにいようと、ブルーノは料理を作ってくれます。すばらしいコックなんです」とアマンダはいいました。「わたしは料理を作るの、ぜんぜんダメなんです」

「でもアマンダはほかのすべてのことにおいてよくやってくれてるんだ」とブルーノは言い放ちました。「われわれの靴下やセーターを編んでくれるし、すべての衣服を作ってくれる。溝に落ちていた軍の毛布からいま着ているジャケットをこしらえたのもアマンダだ。私の着古した服を切って、ビンゴのために再生してスーツを作ったし」

「この服も自分で縫ったものです」とアマンダ。「オハイオのガラクタ市で、35セントで買ったベッド飾りから作ったのです」

「なんとまああなたたちは賢いの」ミス・パンキーは叫びました。そして考えました。「ベッド飾りの房をすべてうまく使ってるわ。木綿糸もそう、うまく利用しているの」彼女はまたこうも考えました。「ブリット一家はなんてすばらしい人たちなの」そして下宿屋パンキーで起こったさまざまなことを明かしながら、信頼を置くようになりました。もっともオバケに関しては何も話しませんでしたが。

 ブリッツ夫妻はその話に同情するような顔で耳を傾けました。

「経営が良好だったのに、突然うまくいかなくなるというのは、どうも理解できませんね」とブルーノは声高にいいました。

 ミス・パンキーはすべてを話していいものかどうか悩みました。もし話したらすぐにも荷物をまとめて出て行くのではないかと恐れたのです。でも彼女は正直者でした。ブリッツ一家もとても気さくだったのです。そこで彼女はウィケット老嬢の突然の出発やそれにつづくドクター・トップルゲイトの出発についてくわしく話しました。老嬢やリリーが見たというおそろしい現象についても包み隠さず話しました。「だからビンゴも見たと聞いてとてもショックだったのです」

 ブリット夫妻は平然としていました。「あの子が何を見たのであろうと、さほど驚かなかったのです。それなのにほかの人がパニックにおちいる必要があるでしょうか」とアマンダは不思議そうな顔をしました。

「アマンダ、じっさい、ほとんどの人は」とブルーノはいいました。「説明できないことが好きではないんだ。信じることのできないものと出会ったとき、かれらの心は千々に乱れてしまうのさ」

「まあ、ともかく、ビンゴをおびやかすようなものは何もないということね」とアマンダは気取っていいました。「あの子はおぞましいものも、不思議なものも信じているのよ。ゴブリン、魔女、鬼、ポルターガイスト、妖精、ドラゴン、そしてオバケもみな信じているのよ」

 アマンダとブルーノは満足げにクスクス笑いました。かれらの自由闊達な雰囲気によってミス・パンキーの気は楽になりました。夫婦の人づきあいのよさに助けられたように思えたのです。一家にこのままここに残るように説得することができそうだと彼女は感じました。

 その晩、気温が急降下しました。冬が来たのです。雪嵐が起き、村はすっぽりと雪に覆われました。下宿屋パンキーの住人は雪に閉じ込められてしまいました。ブリット一家が旅を再開するためには、道路の雪を除かなければなりませんでしたが、かれらにはその気がなさそうでした。

 じっさい、かれらはさらに滞在するために、あの手この手を使う必要がありませんでした。かれらがミス・パンキーを好きなように、ミス・パンキーもかれらのことが好きだったのです。そしてかれらは喜んで放浪の旅に終止符を打つことにしたのです。ブリット一家はお金を持っていましたが、住む場所がありませんでした。ミス・パンキーは家を持っていましたが、ほかに何も持っていませんでした。こうして三人は合意点に達したのです。つまり、ブリット一家は住む場所を提供してもらうかわりにミス・パンキーと子猫たちを養うことにしたのです。とてもシンプルで、だれにとっても満足のいく構図ができあがったのです。

 そのあと数か月、すべてがうまくいきました。ブルーノは肖像画を描いて得たお金で食べ物と暖炉の燃料をまかなうことができました。そして彼が作る料理は天下一品でした。おかげでミス・パンキーは丸々と太り、子猫たちも大きくなったのです。子猫たちはとてもきれいで、茶目っ気がありました。

 ビンゴは子猫たちをペットにすることにしました。小さなオモチャになるもの、たとえば小石、栗のイガイガ、クルミなどをもちこんで、いっしょに遊びました。板張りの部屋では、ビンゴはあたしの目の光で妖精の本を読みました。外でも遊びました。雪の城を築き、松ぼっくりを冠としてかぶる雪の女王を作りました。そして大きな雪猫の像を作りました。ビンゴがいうには、これはあたしの像とのこと。この雪の像の下に、ヒイラギのベリーで「オパリナ」という文字をいれました。ビンゴの両親はあくまでこれを芸術とみなしていたのですが。

 アマンダとミス・パンキーは、すくなくともこの家の使われている部分はきれいに保ちました。アマンダが何かをつくろうとき、ミス・パンキーはそれを手伝いました。たとえば夏だけの下宿人が置いていった紫のウールのガウンからビンゴの服をつくったときがそうでした。つぎの春が来るまでそうやっていっしょに楽しくすごすことができました。

 しかしある日ブルーノは、夕食の材料を買うのに十分なお金を持たずに帰ってきました。荒れ野原村のすべての家が、すくなくとも一枚は家族の肖像画を持っていました。この地域には、もはや新規の客がいないということでした。それはブリット一家にとって、移動の時期がやってきたことを意味していました。

 なんという悲しい見通しでしょうか! 夫と妻はそのことについて論議しました。ビンゴと子猫たちの仲を裂くなんて、耐えられません。ミス・パンキーをひとり屋敷に残すなんて、耐えられません。このあわれな女性は生活の糧を稼ぐことができないのです。村人のだれも彼女が飢えるのを望んでいないでしょう。でもブリット一家が残ったところで、いっしょに飢えるだけなのです。

 その晩、食事は豆のスープだけ、しかも少量だったのです。ペティジョンとクラッカージャックにとっても、いつものレバーや魚ではなく、小さな皿に少しだけのミルクでした。育ち盛りの子猫たちには十分ではありませんでした。二階にあがったとき、まだ子猫たちは腹ペコでした。でもビンゴが激しく泣いていたのは別の理由からでした。ビンゴとミス・パンキーに両親は、明日の朝、立ち去らねばならないと告げたのです。

 あたしはこの世の者ではありません。あたしは現実主義者ではありません。贅沢とか富には注意を払いません。幽霊ですから食べ物のことは気にしません。もちろん生きているものが栄養を必要としていることは知っています。人間が食べるものを買うためにお金というものを必要としていることも知っています。もしミス・パンキーがじぶん自身と子猫たちを養うことができなかったら、かれらはどうなってしまうのでしょうか。ブリット一家に関してはそれほど心配していません。ミス・パンキーと子猫たちのことは心配でならないのです。かれらが飢えるような事態になることは断じて許せません。

 聞いて知っておられるように、最初からビンゴは板張りの部屋をもらっていました。昼間はずっと子猫たちとすごし、夜になって寝袋にもぐりこむと、あたしは寝物語を語ってあげました。今夜、ビンゴが繭のなかでシクシク泣いているとき、突然この状況を変えることができるのではないかという考えがひらめきました。そこであたしはビンゴに、泣くのはおよし、あたしの話をききなさいって命じたんです。あたしはサウルと行方不明になっている宝石や秘密の部屋でなくなったダイヤのブレスレットについて語りました。

「ビンゴ」とあたしは呼びかけました。「あなたはミス・パンキーのためにその部屋にはいってダイヤのブレスレットを見つけなければなりません。それはとても価値のある宝石で、まれなアンティークです。180年前よりも価値が出ているのです。もしそれを見つけることができたら、あなたと両親は荒れ野原村から出て行く必要がないのです」

ビンゴは指示どおり熱心に動いてくれました。あたしが目の光で炉棚の横の羽目板を照らすと、そこにくぼみがありました。ビンゴが羽目板をスライドすると、秘密の部屋があらわれたのです。さらにあたしは煙突の横の割れ目を示しました。あの運命の夜、ブレスレットが落ちた割れ目だったのです。ビンゴはうずたかく積もったフェルトのようなやわらかいほこりを掘りました。そして長い間失われていたブレスレットを発見したのです。

 ミス・パンキーとブリット夫妻は別れの朝、客間にいました。そこへビンゴがブレスレットを振りまわしながら飛び込んできました。「みんな、見てよ! ぼくが何を発見したかわかる?」彼は叫びました。「発見したもの、見てよ!」

 かれらは感嘆しながら、それを手に取ってながめました。

「ダイアモンドだわ」アマンダは息をのみました。「台もとてもすてきだし」

「本物のダイアモンドだ」ブルーノは喜びの声をあげました。「ドクターがオーダーしたんだ」

 ミス・パンキーは困惑した表情を浮かべました。「まあ、どうしましょ! 下宿人のだれかがなくしたものだわ。だれかしら。ビンゴ、これ、どこで見つけたの?」

「秘密の部屋の煙突の横の割れ目だよ」

「秘密の部屋ですって?」ミス・パンキーはいっそう不思議そうな顔をしました。

「猫のいる部屋の後ろにあるんだ。でも羽目板のことを知らないかぎり部屋には気づかないと思う」

「あなたはどうやって知ったの?」

「オパリナが教えてくれたんだ。どこを探したらブレスレットを見つけられるかについてもね」

「オパリナってのは、たいしたやつのようだ」ブルーノはそう推測しました。

「わたしが子どものとき」とアマンダはことばを選んでいいました。「ムーシャという名の想像上の遊び友だちがいたわ。ムーシャはいつもどうすべきか教えてくれたの」

「さあ、その秘密の部屋とやらに行ってみよう!」ブルーノは叫びました。ミス・パンキーはふるえる手でランプに明かりをともそうとしました。

「ランプは必要ないよ、ミス・パンキー」ビンゴはいいました。「オパリナがいれば明るさは十分なんだ」

「ビンゴは猫みたいに暗くてもよく見えるんだ」と父親はいいました。「ビンゴ以外はだめだけどね。私がランプを持っていきますよ、ミス・パンキー」

 羽目板を動かしておとなたちが中にはいると、床の上には長年のほこりが積もっていました。ビンゴの小さなはだしの足跡以外、ながらくだれも来た形跡がありませんでした。つまりブレスレットは下宿人のだれかのものでも、いま生きているだれかのものでもなかったのです。さらにみなが驚いたのは、床から天井までの高さがあるガラスケースの存在でした。ベルベットで縁取られたケースのなかは、金属の円盤でいっぱいでした。

 奇妙なことですが、みながリッチになるだけのお宝はブレスレットではなく――もちろんブレスレットには相当の値段がつくのでしょうが――この金属の円盤でした。それはベンジャミン・ペイズリーのコイン・コレクションだったのです。それらはリュディア、ペルシア、イタリア、ギリシア、フェニキア、その他古代世界の都市から見つかった銅貨、銀貨、金貨、ブロンズ貨、鉄貨、エレクトロン貨でした。このコレクションを買うために大きな博物館は相当のお金をつぎこまなければならないでしょう。そうして得たお金はブリット夫妻やミス・パンキーのあいだで分けることができそうです。なぜならお宝を発見したのはビンゴ・ブリットですが、家自体はミス・パンキーの所有物だったからです。

 屋敷は大きすぎましたが、ブリット夫妻とミス・パンキーはここに残り、生活しました。ブリット夫妻は国中を動き回るのにあきあきし、ミス・パンキーはここが気に入っていたのです。この家が幽霊屋敷かどうかについて、心配する必要はなくなりました。ビンゴのおかげでミス・パンキーはあたしの存在をしぶしぶ認めるようになりました。みながしあわせでした。

 ブルーノは肖像画を描くのをやめ、気に入っている風景を描くようになりました。アマンダはすべての服に、クルーエル糸を使った大胆なデザインの刺繍をいれることに夢中になりました。庭が大好きだったミス・パンキーは、満足できるまで、花々や野菜を育てました。ビンゴは毎週新しい妖精の本を読むことができました。なんといっても重要なのは、ペティジョンとクラッカージャックがベストの環境のなかで、贅沢に、そして心地よく暮らせたことです。

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