ハワード・ブラウンの作品がフィーチャーされた
『アメージング・ストーリーズ』誌 



日本と違って戦争の影響が感じられることは少ないが
天才的なSF作家デイヴィッド・ライト・オブライエン
(1918−1944)はドイツ戦線で命を落とした 


  
リチャード・シェイヴァーのノートより。左はテロとデロについて書かれたもの。右は洞窟の種族の「思考記録」から学んだ科学のことが記されている





シェイヴァー・ミステリーの登場 

 日常風景に見えるできごとの中に、歴史的事件が隠れていることがある。

 ズィフ・デーヴィス社の編集室で、皆の前で手紙を読み上げていたのは、当時探偵雑誌を担当していたハワード・ブラウンだった。*ハワード・ブラウン(19081999 ミステリー作家、編集者)

 ブラウンにとってその手紙の内容はあまりに荒唐無稽で、ぶっ飛びすぎ、狂人の戯言のように思えたので、口にするのもはばかるといった表情をあらわにし、読み終わると、手紙をくしゃくしゃにし、丸めてゴミ箱に放り込んだ。

 もし自分がその場にいたら、おそらくブラウンの行動に疑問を抱くことはなく、ゴミとなった手紙のことなどその瞬間に忘却していたのではないかと思う。

 しかし編集室にいた編集者のひとりは私ではなく、シェイヴァー・ミステリーの主役となるレイモンド・パーマー(レイ・パーマー)、愛称ラップ(Rap)だった。彼はこの紙屑が宝であることを見抜いていた。

 自席に坐っていたパーマーはすっくと立ちあがると、ゴミ箱までスタスタと歩き、中に落ちていた丸められた手紙を拾い上げた。この行為はブラウンの顔面にパンチを食らわしたようなものだった。

 パーマーはくしゃくしゃになった手紙を引き伸ばし、ブラウンに手渡しながら、厳しい表情でぴしゃりと言った。

「おまえ、これでも編集者と呼べるのか? つぎの号の読者の手紙の欄にこの全文を載せるんだ、わかったな」

 この予期せぬふるまいに驚いたブラウンは、呆然と立ち尽くしていた。しかし我に返ると、彼は恐る恐る質問した。

「あのう、仕事を学んでいる駆け出し編集者としてお尋ねしたいのですが、これを掲載したいというのはどうした理由からでしょうか」

 パーマーは愛らしい幼児のような笑みを浮かべながら答えた。

「まあそのうちわかるよ」

 この手紙を書いたのはリチャード・シェイヴァーだった。さまざまな証言によると、シェイヴァーは文章を書くのが得意でなかった上に、タイプを打つのも苦手だった。しかし「声」のメッセージを受け取った彼は、その「未来への警告」を人類に知らせるため、どうしてもまとめあげなければならなかった。最初の投書は「古代アルファベット」だった。間髪を置かず送られたつぎの投書が長文の「未来への警告」だった。内容が荒唐無稽なものに思えたにせよ、そこにほとばしるエネルギーをラップは感じとった。この乱雑な文章はのちにラップによって修正が施され、『レムリアの記憶』と改題されて「アメージング・ストーリーズ」誌に掲載されることになる。

 シェイヴァーの原文をパーマーが全面的に書き直し(パーマーは1分間あたり90から100語打つことができた)完成させるというコラボレーションがあってこその「シェイヴァー・ミステリー」だった。

 レイ・パーマーについて補足しておきたい。9歳のとき、彼は牛乳運搬トラックに轢(ひ)かれ、スポークに足をはさまれたまま、舗装された道路の上をひきずられ、彼の背骨は大きな損傷を受けてしまった。病院で彼は全米初の脊椎固定手術を受ける。このとき24時間以内に死亡するのではないかと見られていたが、奇跡的に死をまぬかれることができたという。しかし彼は13歳まで病院のベッドで過ごすことになった。

 この期間中、ミルウォーキーの教育委員会はパーマーに個人教師を送り、また図書館は毎週大量の本を届けてくれた。これをきっかけに、彼は大読書家に変身した。一日15冊もの本を読むようになった。古代史から考古学、人類学、神話学、天文学、本格的な科学まであらゆるジャンルの本がそれに含まれていた。彼はとくにジュール・ヴェルヌ、H・G・ウェルズ、H・ライダー・ハガード、エドガー・ライス・バロウズのファンになった。この読書体験がのちのシェイヴァー・ミステリー誕生へとつながっていくのである。

 さて、『レムリアの記憶』をはじめとする同誌に掲載された「シェイヴァー・ミステリー」は一大センセーションを巻き起こし、社会的事件と呼べるほどになった。読者からの手紙は、パーマーの認識では5万通にも及んだという。数字は盛られているかもしれないが、反響がすさまじかったことは想像できる。

 ではシェイヴァー・ミステリーの何が人の心をつかんだのだろうか? レイモンド・パーマーの『レムリアの記憶』の謳い文句を見てみよう。

 

なぜわれわれは死ぬのか? 重力とは何か? 生命はどうやって地球にやってきたのか? ほかの世界にも生命はあるのか? 古代ムー大陸は存在したのか? もしこれらの問いに対する答えを持っているなら、それは間違いか不正確である。真の答えは「レムリアの真の物語」のなかにある! そしてセンセーショナルな理論と事実とスリリングな冒険物語を極めたこの物語を今、あなたに提供することができる。それを楽しもうが、放っておこうが、あなたの自由である。しかしそれが真実の物語であることをわれわれは確信している。

 

 いつの時代でも、われわれは以前よりも宇宙のこと、世界のことをより正確に、より多く、より深く知っていると感じるものである。同時に以前よりもわからないことが増えてもいるのだが。シェイヴァーが登場するのは1944年であり、シェイヴァー・ミステリーが掲載された「アメージング・ストーリーズ」誌が売れたのは、第二次大戦が終わる年の1945年である。その二年後にはケネス・アーノルド事件(1947)があり、「空飛ぶ円盤」の目撃が急増する。戦争は新型兵器や高性能の戦闘機をもたらし、さらなる画期的なテクノロジーや革新的な思考法の到来が期待されつつあった。

 『レムリアの記憶』には斬新なアイテムがそろっていた。その前言によれば、作者は1万2千年前のレムリア人の生まれ変わりである。通常、レムリアはインド洋にあったと推定される古代の大陸だが、シェイヴァーによれば古代の地球そのもののことだった。いわば超古代文明なのである。またムーは、レムリアの省略形だという。その頃のわれわれの祖先はアトラン人とタイタン人だった。よく知られるアトランティスとは、「表面アトラン」という意味だった。

 シェイヴァーが言う巨大洞窟は、ハレー彗星の名のもとになった天文学者エドモンド・ハレーが唱えた地球の中心部にぽっかりと大きな穴があいている地球空洞説とは異なっている。ひとつひとつの洞窟は信じられないほど大きいが、空洞説の空洞ほど大きくなく、かわりに何層にも重なり、無数に存在する。人口も地球の表面の何千倍にもなるという。洞窟と洞窟は堅固な岩を貫くトンネル・ハイウェイで結ばれている。彼らはトンネルを穿つ強力な光線マシーンを持っている。また重力コントロール装置を持っているので、ローラットという空飛ぶ円盤のような乗物を発明している。そして遠方からでも人の心を動かすことのできるテラウグというマシーンを持っている。

 このテラウグは、統合失調症患者だった英国の茶の仲買人ジェームズ・テリー・マシューズ(17701815)が考えた「空気織り機(Air Loom)」と似ているという指摘がある。テラウグもまた、統合失調症患者だからこその発想から生まれたのだろうか。

 シェイヴァー・ミステリーになじみがある人ならよく知っているデロとテロと呼ばれる種族もこれらの洞窟に住んでいる。デロ(dero)とは、デトリメンタル(ディジェネレイト)・ロボット(有害ロボット)の略だという。ロ(ro)には隷属という意味がある。愚かな人々はこうして堕落した勢力に支配され、デロ(悪の種族)となる。一方テロのテは、統合的、建設的という意味である。テロは建設的な勢力によって動かされる善の種族ということになる。

 洞窟に住む人々の食糧事情について、シェイヴァーは奇妙な説を展開している。当時のFBI長官エドガー・フーバーによれば、アメリカ人は毎年12万人もの人が行方不明になっているという。これらの一部は肉塊とされ、デロの肉市場に吊り下げられているというのだ。

 シェイヴァーのアイテムのなかで忘れてはならないのは、世界の言語の根本言語であるマントング語である。彼はマントング語の辞書まで作成しているのだが、正直言って私の理解を越えている。しかし彼の頭の中に響く「声」を解読するためには、マントング語に取り組まなければならない。

 

⇒ つぎ (リチャード・シェイヴァーの生い立ちと彷徨と入院歴)