声の秘密
ハワード・ブラウンがくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に捨てたリチャード・シェイヴァーの手紙をレイ・パーマーが拾ったというエピソードはすでに紹介した。のちに大物出版人となるウィリアム・L・ハムリング(1921−2017)も同じ時期にリチャード・シェイヴァーの登場に当惑したひとりだった。
「レイ、あいつ(シェイヴァー)は頭がいかれてるんじゃないのか」
レイ・パーマーは答えた。
「まあそうだが、彼はテーマを持っているからね。そのテーマでアメージング・ストーリーズ誌は売れるんだ。われわれはズィフ=デーヴィス(共同社長のふたり)のために働いているんだよ」
シェイヴァーは文章を書くのが得意ではなかった。実際、原案・シェイヴァー、文、構成・レイ・パーマーといっても過言ではないほど、シェイヴァー・ミステリーを支えていたのはパーマーだった。シェイヴァーは頭の中の「声」が話す内容をひたすら書きなぐった。その意味ではシェイヴァー・ミステリーは真実が書かれていた。
シェイヴァーが書いた「原案」の「未来への警告」は1万字ほどの文章だったが、パーマーに手直しされた『レムリアの記憶』は3万1千語に膨れ上がっていた。シェイヴァーは自分が魂を込めて作ったものが、プロットのしっかりした小粋なSF作品に生まれ変わったのを見て、複雑な、やや不満な気持ちを抱いたようである。
ハムリング自身はシェイヴァーが書いたものに懐疑的だった。一方でハムリングに言わせると、パーマーはその真実性を信じていた。「彼(パーマー)は隠された真実の時代の記録としてシェイヴァー・ミステリーを造った」とハムリングは述べている。真実の時代とは、1万2千年前のレムリア(当時の地球のこと)の時代、言い換えれば超古代文明の時代のことだろう。
*シェイヴァーはゴーストライターとしてラジオのアナウンサー、ボブ・マッケナを雇っている。作品は『魔女王のカルト』『サターナスの帰還』(両者とも1946)。また女性作家グレイ・ラスピナにも依頼し、『レムリアの思考記録』(1945)を仕上げてもらっているが、彼女の文体は好みではなかったようだ。シェイヴァーは独力で『ミクロ人の侵略』を書いてラップから高い評価を得るが、自信を深めるにはいたらなかったのか、以降の多くはチェスター・S・ガイアーの手を借りている。作品は『ゴルゴンの氷結都市』(1948)『変化の泉』(1948)『永遠の戦い』(1949)『土星を越えた稲妻』(1951)など。
だれかが「頭の中の声を聞いた」と主張したとしても、本当に聞こえたかどうかは、通常他人にはわからない。しかしシェイヴァーの場合、レイ・パーマーと彼の娘たち(姉妹)がそれぞれ「声」を聞いているのである。いったいどういうことなのか。
1945年1月(すなわち「シェイヴァー・ミステリー」が世に出る2か月前)パーマーははじめてシェイヴァーのもとを訪ねることにした。彼はシェイヴァーの指示にしたがってポッツタウンで降りるべくシカゴから列車に乗った。駅に着いたら、「ベツレヘム鉄鋼工場に電話をして、仕事中ならクレーン・オペレーターのシェイヴァーを呼ぶこと」と手紙には書いてあった。つまりこの時期、シェイヴァーはクレーンに乗って作業をしていたことになる。溶接工をしていたのは十年前の話だ。
シェイヴァーの農場はポッツタウンから車で20分のところにあった。農場では新しい恋人ドロシー・エルブが訪問者が来るのを待ちわびていた。この訪問で彼らがどのように過ごしたのか、あまり具体的にはわからないのだが、パーマーは印象的なできごとをのちに書いている。彼はシェイヴァーの「声」を聞いたというのだ。
それは一種のトランスだったという。ただしほかに言葉が見つからないのでトランスと表現していると付け加えている。就寝したあとにそれは起こった。では寝言ではないのか? 演じていたのではないのか? さまざまなことが考えられるが、ソファに横たわって催眠状態でリーディングするエドガー・ケイシーのようなパターンの可能性もあるだろう。私自身ネパールを訪ねたとき、半睡状態で霊と交信するシャーマンを何人も見てきたので、この種の状態もトランス状態であるのは納得できる。
のちにパーマーはシェイヴァーにつぎのように語っている。
「(あなたのトランスを見てからというもの)霊媒や霊能者、オアースピ(Oahspe)、モルモン書、インディアンの伝説、ヴ―ドゥー教、オカルト、そういったものに注意を向けるようになりました。あなたが洞窟について語るとき、それがほかの人たちの異次元やアストラル界のことであることを学びました」
*このなかのオアースピ(Oahspe)は、1881年に歯科医のジョン・バルー・ニューブロウが天啓を受けて自動書記によって書きだした一種のバイブルである。それによるとこの地球に住んでいる知的生命体は人間だけではない。人間以上の知的生命体が精霊として地球の大気圏に住んでいると説いている。パーマーは信者ではないが、この書の熱烈なファンだったという。
パーマーの娘たち、リンダ・ジェーンとジェニファー・パーマーが「声」を聞いたのは、50年代のクリスマスの日だった。そのことについてリンダはシェイヴァー・ミステリー研究者のトロントに送ったメール(2012年)のなかで説明している。この日、たまたまソファの上にシェイヴァーが横になっていた。
クリスマスの日、彼ら(父レイ・パーマーとシェイヴァー)は私たちの家にいました。彼(シェーヴァー)はお昼寝をしているようでした。そのとき声を聞いたのですが、それは彼の声ではありませんでした。その頃休みの日は、彼はいつも私たちの家に来ていました。父といつもチェスをしていたのです。それはとても気味悪くて、私はその日彼の近くにいないようにしていました。成長期の私は、奇妙な物語を持ったたくさんの変わった訪問者を見てきました。でもそういうのは気にしないようにしました。というのもほかの人たちのように普通の生活を送りたかったからです。シェイヴァーにたいしては今も複雑な感情を持っています。普段は紳士なんですが、ややどこか普通と違っていました。でも彼が私を驚かすことはありませんでした。あのクリスマスの日以外は。その声を聞いてしまったのです。それから彼を避けるようになりました。
この描写から想像するに、居眠りしているように見える彼が起き上がり、何かの霊が乗り移ったか、別の人格が現れたかのようになって、語り始めたのではなかろうか。話者は地底の洞窟からやってきたデロだろうか。最初の妻ソフィーといっしょにいたとき、おそらく頻繁にトランスに入ったものと思われる。そのために精神病院に入れられることになったにちがいない。
シェイヴァーは1943年にアイオニア州立病院を退院している。なぜ退院できたのかはっきりとはわからないが、母親のグレースは息子に仕事と結婚が必要だと感じた。父親のズィーバは体調を崩し、同年の8月に死去している。上述のクレーン・オペレーターの仕事はこの時期に見つけたようだ。そしてロンリー・ハーツ・マガジンの広告欄を通じて花嫁を探し、翌1944年1月、バージニア・フェニックという29歳の女性と結婚する。しかし隠そうとしていた入院歴がばれてしまい、あえなく結婚生活は始まる前に終わってしまう。おそらくトランス状態その他、あやしい言動を隠すことができず、書類を目にしてだまされていたと感じたのだろう。
このあと結婚するドロシーには、その姿を見せなかったのだろうか。写真で見るかぎりいつもふたりは幸せそうだし、ふたりで力を合わせて病気を乗り越えていったように思われるのだ。
⇒ つぎ 嵐の中の騒がしさ
シェイヴァーの『夜の娘』をメインとした
アメージング・ストーリーズ
ダーク・ファンタジー『スフィンクスの影』が評価を得た
ウィリアム・L・ハムリングは出版人として成功した
シェイヴァーとラップはいつもチェスに興じていた
三番目の妻ドロシーと。
はじめて幸せな結婚生活を手に入れた