(13)

 シーボーンはベルズビア人についてもっと知りたかった。しかし彼らの戦争好きな性格からすると、それ以上近づかないほうがいいだろうと彼は考えた。なぜなら自分たち地表人も戦争好きということにかけては同じだったからだ。ベルズビア人について論じれば、その事実があきらかになってしまうだろう。

 しかし地表人の性格はすでに知られるようになっていた。スルイがエクスプローラー号から何冊かの本を借り、それらを翻訳し、内容を報告していたのだ。最高人はレポートを学習し、興味を持ち始めていた。そしてついに彼はシーボーンを自邸に招いた。

 ふたりは庭で会った。最高人は重々しい声で、決意を固めた、と宣言した。アメリカ人はシムゾニアを去らねばならない。そして戻ってくるべきではない。この民族の性格からして、シムゾニア人の幸福を脅かす存在になりうるだろう。

 彼の目に明らかなのは、われわれが堕落していること、また少なくとも間違った方向に情熱がそそがれがちな民族であることだった。民族の大半は、根深い身勝手さに支配されていた。蝕まれた心は、仲間に対して率直で、やさしい善意の心とはうまくいかなかった。われわれは武装し、不正や暴力、抑圧を実行していた。同じ民族の仲間を殺すよう訓練を受けていた。自分の情欲を満たす手段を手に入れるため仲間を隷属させることもいとわなかった。われわれはことのほか商売に依存し、交換によって、あるいはだまして、または力づくで、健康やモラルに有害なものを、それと知って、手に入れようとする、極端な表面的世界に仲間を送り出した。こうしたことは、戦艦によって守られるかぎり、おこなわれつづけた。 

 彼の決定は、本の内容に基づいておこなわれたものだった。地表人は何かを得たいという渇望で行動していると彼は結論づけた。そのような渇望があったからこそ、シーボーンは航海の旅に出たのである。このような連中と商業活動をするのはシムゾニアにとっては有害だった。それゆえシーボーンは船に戻ることになった。そして出帆する条件がそろったとき、家路についたのである。彼は郷里の人が欲しがるようないかなるものも持って帰らなかった。なぜならシムゾニアの人々は地表人と接触しようとは思っていなかったからである。

 シーボーン船長はこの最高人の話によって、またシムゾニアから排除されたことによって、すっかり打ちひしがれてしまった。

 わたしは自分の種族が、交わりによって道徳的な病気と汚染を巻き散らす有害な生き物であると聞かされ、混乱し、屈辱のあまり茫然としてしまった。こうして無限の富の夢がついえてしまったのである。失意の底から蘇ることができたのは、彼の第一の友人であるボネト氏が「シーボーンの国」に帰るにあたり、船荷いっぱいのアザラシの皮を用意してくれていたことがわかったときだった。これはすばらしい幸運をわたしにもたらしてくれた。 

 彼は本が地表でもっとも啓蒙されたアメリカ人ではなく、暗愚なイギリス人による作品であることを示して最高人を説得しようと試みた。そして限定された商業活動は双方に益をもたらすと主張した。

 このような場合、彼らの美しい、すばらしい模範を示すことで、多くの地表人を改心させ、また同時に、地表人から得た情報を通して、恵み深い創造主のわざをより広い角度から見ることができるとシムゾニア人は考え、楽しむのである。 

 しかし最高人は気持ちを和らげなかった。そして数週間以内に、エクスプローラー号は錨をあげ、航海の旅に出発した。船は極点の穴に向かった。

 穴を通って大西洋にふたたび出る頃までには、シーボーンは高揚した気分を味わっていた。新世界の発見者として、名士になったものと考えていた。限りない大絶賛を浴びるのは間違いなかった。またアザラシ狩りが成功していたなら、彼はさらに幸運を手にしたことになる。

 実際、そうだった。シーボーンの地に着くと、何万匹ものオットセイが屠られていた。シーボーンはオットセイの皮を保存し、船に詰め込んだ。エクスプローラー号は船荷の取引のために中国へ向かった。

 航行中、シーボーンには考える時間があった。そして彼は決意を固めた。名士の仲間入りを逃してしまうけど、発見を公開しないことに決めたのである。公開したところで、誰も信じず、嘲笑されるだけだと考えたのである。あるいは、信じてもらったところで、他の人がその話を利用して、あらたな遠征を組むことになるだろう。

 彼は解決策を見いだした。すなわち船員を集め、彼らに参加を打診したのである。男たちが秘密の誓いを立てるなら、シーボーンの地へ、いやベルズビアへの航海に参加することができるだろう。利益は全員でシェアすることになる。男たちはみなそれを受け入れた。

 海上の数週間ののち、彼らは喧噪の広東の港に着いた。そこではオットセイの皮が茶、絹、磁器と交換された。そして完成品を載せて、エスクローラー号は長旅の最後の航行に出た。

 ハリケーンのためにアフリカの海岸からは距離を置いたので、航行中、何も起こらなかった。そしてようやく水平線上に二ューヨークの尖った影が見えてきた。港に入るときには、船員たちは祝福しあった。

 シーボーンは船荷について代理人と契約した。そして彼の物語は金持ちには大いに期待を持たせるものだった。それは突然の失望で終わるのだが。

 スリッパリー氏[滑り氏とでも訳すべきか。シーボーンは代理人をこう呼んでいる]は疑いなく偉大な商人だ。彼はブロードウェイの広大な家に住み、派手な馬車に乗り、ウォールストリートの重要人物のように歩き、銀行家であり、立派なカーペットが敷かれた市の会計室を持っていた。そして隣の部屋でいかに多くの銀行員が書き込みをしているか私は知らない。私はすっかり彼に魅了されてしまっていた。愚かにも、わたしの船荷が五十万ドルを生み出すことが期待されている――まさにそれが彼の貪欲を駆り立てていた――とは夢にも思わなかったのである。 

 シーボーンは船荷の商品について契約を交わした。そして何か月もの間、彼はスリッパリー氏の口座からお金を引き出すことができた。彼は自分のために広大な家を一軒購入した。友人や親戚を援助した。そして「わたしの残された日々においてこの世界のすべてのよいものは安全であると感じた」のである。

 しかしよいものは、突然終わりを迎えた。ある朝新聞を広げると、スリッパリー氏が彼を騙していたことがわかったのである。いまや彼は貧しいどころか、多額の借金を負っていた。

 シーボーンは屈辱と悲惨に打ちひしがれた。彼は家を失った。友人たちに見放された。破産宣告をするしかなかった。

 借金の多さから、債務者刑務所のガレット(屋根裏部屋)に閉じ込められた。そこで彼は『シムゾニア:発見の航海』を書いたのである。彼は本の売り上げから金を稼ぎ、「現在の心地悪い状況」から自分を解き放ちたかった。

 彼はまたシムゾニアと彼らから受けたレッスンに慰めを見いだしていた。最後の章からわたしたちは次のようなことを学ぶ。

 家族を養う生活手段もなく、それを探し求める銃もなく、わが逆境と窮乏は、わが精神を押しつぶそうとしていた。そしてほとんど我慢の限界に達していた。自分の状況を鑑みるに、わたしはもはや人間とさえ呼べなかった。シムゾニア人の敬虔な受容、慎み深さ、満足、平和、幸福を思い出して、わたしは真実を確信することができた。すなわち、穏やかな、従順な心で神の意志に従えば、人はどんな逆境のなかにあっても、幸福でいられるのだ。そうでなければ人は悲惨の極みの中にいることになるだろう。 

 シーボーン船長は、屋根裏部屋に監禁されている間に、発見の航海を書き終えた。そして彼は解放される真実を学んだのである。 



⇒ つぎ