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 「レムリアの思考記憶」と題された、シェイヴァーの文第二弾が掲載されたのは、1945年6月号のアメイジング・ストーリーズ誌だった。(つまり、次号。戦時中であったため、アメイジング・ストーリーズ誌は季刊発行だった) それには謝罪文が含まれていた。編集者の注釈として、パーマーは前号で間違いを犯していたと告白したのである。物語の出発点を「種族の記憶」としていたが、そうではなかったという。彼自身がシェイヴァーの説明を受け入れることができなかったのだ。

 しかしいま、彼は読者と真正面に向かい合う心の準備ができた。すなわち「シェイヴァー氏が語ったままの真実を示す」ことができるのだ。「レムリアの思考記録」は個人的な体験をもとにしていた。フィクションを装った自伝である。パーマーは言う。

 この雑誌の編集者たちは、自身の目でレムリアの古代種族の生き残りを見た男によって書かれた二番目のレムリア人の物語を読んで、そして地球の表面からずっと深く入った地下の隠された都市を見て、おおいに喜んだ。この第二の物語は、最初の物語、すなわち3月号に掲載した「私はレムリアを覚えている」の証拠を示すようシェイヴァー氏に迫った人々にたいする回答である。シェイヴァー氏の情報元は、編集者が主張したような種族の記憶どころか、もっと信じがたいものだった。

 物語はデトロイトの自動車工場からはじまる。語り手は組み立てラインで働くリチャード・シェイヴァー自身である。彼は自動車工場の消音によって抑えた騒音――ガーンガーン、カタカタ、忙しい機械や人間の渦巻くような音に囲まれていた。突然彼は声を聞き始めた。それが仲間の労働者たちの思考であることが彼には理解できた。彼が溶接機を置くと、声はやんだ。それを取り上げると、また声が聞こえた。どうしてだかわからないが、溶接機は受信機の役割を担っていた。

 それからどこか遠くのほうから声が聞こえてきた。これらの声は人を不安にさせた。というのも声は捕らわれた者の苦痛について論じ始めたからだ。シェイヴァーは自分が発狂しはじめたのではないかと考えるようになった。それとも、彼の心は正常に機能しているのだろうか。

 そして彼はダンテの地獄篇の中でしか発しえないような叫び声を聞いた。彼はもはや耐えることができなくなった。彼は職を辞し、家路に向かった。しかし声はバスの中でもやまなかった。

 この時点でシェイヴァーは注釈をつけている。

 私は狂気の淵をかいまみせた最初の奇妙な体験を、そしてかつて人間が経験したことのない信じがたい冒険を描いた。狂気に陥っていないことを示しながら、私の知識を世界に教えるために、フィクションの装いをする必要があった。もっとも、それを読む人にはフィクションに思えないかもしれないが。なぜならそれは本質的に真実であるからだ。古代の機械を使う善人や賢人たち、古代の武器を間違った使い方をする悪しき人々、これらはすべて真実であり、世界の数多くの秘密の場所に存在しているのだ。この物語のなかで私は秘密を明かそうと考えている。

 「まるで悪魔から追われるかのように」語り手はデトロイトから逃げ出しながらも、物語はつづく。しかし声はどこまでもついてきた。都市(まち)から都市へとさまよいつつ、シェイヴァーはしだいに声の主がどこに属するのかわかってくる。声の主はデロだった。地底の洞窟に住む生き物である。デロたちは、レムリア人が残した機械を操縦していた。かれらはこの機械を使って人類を苦しめていたのである。

 彼はたくさんのことを学んだ。それゆえデロたちは彼の命を狙い始めた。かれらは機械から発せられる光線をシェイヴァーに当てた。そうして彼が犯罪をしでかすようデロたちは仕向けようとしたのだ。しかし彼は逮捕され、監獄へ放り込まれた。そこでもデロたちは光線で彼を苦しめた。彼は独房に拘束され、狂気と絶望の淵に追いやられた。

 私は少なくとも、そして最大限に地獄がどのようなものであるか学んだ。同時にかなり昔から地上の人間たちがたくさん地獄に送られてきたことを理解した。

 デロたちが彼を生かしておこうとしていることに彼は気づいた。なぜなら彼の苦しみは彼らの楽しみだったからである。

 それから突然苦しみが終わった。デロたちの光線がテロたちの光線によってはばまれたのである。テロとはだれなのか。デロと同様テロも洞窟に住んでいた。悪しきいとこたちと違って(デロからは身を隠さなければならなかった)かれらは人間を滅ぼそうとすることはなかった。それどころか助けようとした。

 ある夜、まるで夢のように、ひとりのテロが彼のもとを訪ねてきた。彼女は彼の独房に入ってきて、鉄の簡易ベッドの縁に座った。

 彼女はやわらかい光輝の衣をまとっているかのようだった。その投げかける光線は奇妙にも私を元気づけるとともに、彼女のこの世のものではない美しさをあらわにした。その髪はかぎりなく金色に輝いていた。くっきりした眉の下で両目はとても大きかったが、感情表現は現れていなかった。彼女が牢獄に入ってきたときからその動きを見て気づいていたのだが、彼女は盲目だった。しかし彼女が話すと、奇妙な表情から活気のようなものがほとばしり出た。それは長い希望のない眠りから、デロによって封じ込められていた私の直感を目覚めさせた。彼女の顔は私にとって自由の象徴だった。

 彼がニディアと呼ぶ盲目の訪問者は彼の両手をつかんだ。つたない英語で彼女は、牢獄から逃げたいかどうかとたずねた。「命以上といっていいくらい願っています」とシェイヴァーは答えた。すると彼女は解放を約束してくれた。ただしもう一年彼女の言うことをきくという条件で。失うものはないと思い、彼は同意した。

 彼女の訪問はその後もつづいた。そしてナディアは、時間がきましたと告げた。彼は彼女の命令で解放され、彼女の家へ連れていかれるだろう。

 夜明け前、扉に鍵が差し込まれる音を聞いて彼は目覚めた。どんよりとした顔の看守が独房の扉を開けようとしていた。ニディアはすぐ近くに立っていた。催眠にかかったかのように看守はシェイヴァーを独房から出した。

 ニディアに導かれて彼は森へ入っていった。丘をいくつも越えて、奥深くへ進んでいった。

 ようやくわれわれは山の麓に到着した。岩だらけの斜面はそのまま夜の空へとつづいていた。二つの岩山の間に裂け目があり、そこが扉になっていた。それは奇妙な扉だった。というのもそれは土と草と小さな灌木に覆われていたが、それらは生きていて、成長していたからだ。敷居を越えた瞬間、扉は音もなく低くなった。外から見ても扉がどこにあるかわからないだろう。

 ニディアに導かれて彼は大きな部屋に入った。そこはばかでかい、神秘的な機械に満ちていた。洞窟の明かりのかすかな光によってぼんやりと巨大な姿があらわれた。驚いたことに、機械のうちのひとつの横に立っていたのは、ニディアの複製だった。それがやってきて彼に抱きつくと、いっしょにやってきたニディアは忽然と姿を消した。そして彼の独房にやってきた訪問者は投影されたものにすぎなかったことを知る。ニディアの分身に過ぎなかった。

 このようにして彼の洞窟での滞在が――ニディアの恋人としての生活が――はじまった。彼女がともに暮らしているテロ人の一団に紹介された。ニディアの説明によると、かれらはデロの攻撃におびえながら洞窟のなかを歩き回っていた。しかしシェイヴァーがこれらの攻撃を阻んでくれるのではないかと彼女は希望を抱いていた。彼女はシェイヴァーを幻視スクリーンに案内した。そこに現れたのはデロのグループだった。かれらはゴーグルのような目をもつ小人だった。

 それからニディアは彼を図書館に案内した。それはマイクロフィルムを含む金属ケースの貯蔵所だった。マイクロフィルムに保管されるのは個々のレムリア人の「思考記録」だった。記録されたかれらの体験である。ニディアは言う。「あなたはこれら不滅の洞窟や奇跡を起こす壊れることのない機械をつくった偉大なる種族について読むべきです」 これらの記録は機械をどうやって動かすかについて教えてくれるだろう。デロにたいしても有効だろう。

 ニディアは彼を大きな椅子に座らせてストラップをかけ、頭にヘルメットをかぶせた。そして思考記録をプレイ・オンにした。するとシェイヴァーはレムリアの初期の居住者ドゥリになった。彼はドゥリの体験をいわば追体験しているのだ。椅子に座っているだけなのに、まるで本当に体験しているかのようだった。

 ニディアは彼にほかの思考記録も体験させた。シェイヴァーはレムリアの戦士バル・メハットになった。バル・メハットはトカゲ人間の侵略にたいして戦った軍のリーダーである。

 記録が終わったとき、シェイヴァーは気が抜けたように椅子に座っていた。ニディアは彼の体からストラップをはずし、立ち上がるのを助けた。思考記録によってヘトヘトに疲れていたのだ。しかし彼はふたりのレムリア人の生をありありと体験することができた。

 そのとき銅鑼が鳴った。シェイヴァーとニディアはダイニング・ホールへと向かった。そこで彼はテロの人々と運命をともにすることになる。そして「レムリアの思考記録」は完結する。


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