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 パーマーはもう一年アメイジング・ストーリーズ誌の編集者として過ごした。しかし彼の関心はほかに移っていた――ジフ・デーヴィス社以外のことに。1948年春、彼と同僚の編集者は金をかき集めて、かれら自身の雑誌を立ち上げた。

 「フェイト(運命)」と呼ばれるその雑誌は、海蛇や幽霊から超能力、雪男まで「奇妙なもの、尋常でないもの、知られざるもの」にささげられた。創刊号の表紙を飾ったのは、UFO――空に見られる飛ぶ円盤――の編隊のイラストだった。

 パーマーはもともとアメイジング・ストーリーズ誌でUFO特集を組みたかった。しかしこの企画はデーヴィスに握りつぶされてしまった。(デーヴィスはシェイヴァー・ミステリーのような企画をもうひとつ望んでいた) フェイト誌ではパーマーが好き勝手にすることができた。彼はUFOの話題を取り上げ、いわばUFOの推進者になった。それらが地球外からやってきたと示唆したのもパーマーである。虚構の宇宙船がアメイジング・ストーリーズ誌の誌上にあふれかえった。パーマーによれば、いま、本物のUFOがやってきたところである。

 1949年、ジフ・デーヴィス社はオフィスをニューヨークに移す決定を下した。場所の移転を好まないパーマーは同社をやめることにした。こうしていまや彼は独立した編集者兼出版者になったのである。フェイト誌を成功させた彼はつぎなる出版をもくろんだ。そしてアザー・ワールド・サイエンス・ストーリーズというSF雑誌を送り出したのである。

 独立したことによってパーマーは住む場所を選べるようになった。彼と妻のマルジョリーはウィスコンシンの小さな町アマーストに引っ越した。123エーカーの農地を持つ敷地に屋敷を構えたのである。そして学校の校舎であった建物に印刷所を作った。

 つぎの25年にわたって彼はユニークな本や雑誌を発行しつづけた。本はUFOやパラノーマルといった素材を扱った。雑誌はつぎのようなものがあった。

「アザーワールド・ミスティック」(パーマーはフェイト誌の持ち株を売り、類似の雑誌をはじめた) 

「サーチ」(ミスティック誌を改名。テーマを拡大した)

「ユニバース・サイエンス・フィクション フライング・ソーサーズ」(未確認飛行物体に関する唯一の刊行物、すべての事実と最新ニュースを載せた)

「スペースワールド」(ロケット、人工衛星、宇宙探検についての雑誌)

「フォーラム」(編集記や編集者への手紙から成る一種のニュースレター。編集記は次第に陰謀に関するテーマが増えた)

 パーマーは自身のファームハウス(農家)の二階の部屋でこれらの雑誌を編集した。彼は読者に、この部屋は「信じがたいほどグチャグチャしている」と説明している。

 わたくしども編集者自身が、予約購読に関するすべての業務、つまり、予約の受け付けから宛名シール作り、封筒の宛名シール貼りまでこなしている。雑誌は毎月この宛先に郵送されている。壁を成しているのは、バックナンバーや封筒、宛名シール、読まれていない(あるいは読まれた)原稿、ゲラ刷り、印刷機、タイプライター、宛名貼りの機器など。またファイルや箱があふれかえり、すべての種類の情報が束になっている。関連した書物や新聞の切り抜き、スクラップブックなどもある。返事を出していない手紙も山のようになり、手付かずのままだ。すべての申し込み済みの購読者は識別され、まとめられ、編集者から返答の手紙が郵送される。(妻と3歳から10歳の子供たちに封筒に詰める作業を手伝ってもらう)

 パーマーはアメイジング・ストーリーズ誌の編集を断念した。では彼はシェイヴァー・ミステリーを見捨てたのか? まったくそうではなかった。いくつかのシェイヴァーの物語はアザーワールド誌に掲載された。フライング・ソーサーズ誌の1959年12月号に彼は驚くべき宣言を発表する。UFOはどこか遠くの惑星から来たのではないと結論づけたのである。つまりこれらは地球内部からやってきたのだと。

 そして1961年、ヒドゥンワールド誌創刊号を世に送り出す。これはシェイヴァー・ミステリーの復活だった。いくつかの新しい記事を除くと、シェイヴァーの物語の採録だった。(全作品を読みやすくするのが目的だった) さらに15号以上が刊行された。しかしシェイヴァー・ミステリーはもはや人を惹きつけなかった。ヒドゥンワールド誌の発行部数は限定的なものだった。

 パーマー・パブリケーションズは不思議な魅力を放っていた。神秘主義! サイエンス・フィクション! デロ! 空飛ぶ円盤! 陰謀! これらはウィスコンシンの小さな町のファームハウス(農家)から放たれていたのである。

 レイ・パーマーは保守的なアマーストにおいては異分子だった。出版物を広めるためにありえない場所を選んだ(平和的な)都会の難民だった。しかしながら、じつは町中にひとりだけ友人がいた――ほかでもない、リチャード・シェイヴァーだった。ふたりともアマーストに引っ越してきたのである。妻ドロシーとともにシェイヴァーは道路から少し入ったところの農場に住んでいた。彼はなおも小説を書いていた(ほとんどがオーソドックスなSFである) そして農場主として仕事をしていた。あるいはしようとしていた。ヒドゥンワールド誌に掲載された写真を見ると、トラクターに座った彼は快活に、ニヤリと笑っている。

 ふたりともウィスコンシンの田舎の農民には見えなかった。ひとりはUFOを推進する背中の曲がった小人であり、もうひとりは地底の洞窟を訪ねたと主張する、いかれた友人だった。しかしかれらはあきらかに寛容な目で見られていた。


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