サイラス・ティード伝記 

不死の誘惑   リン・ミルナー  宮本神酒男訳 

プロローグ バスタブの男 

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 1908年のクリスマスの日、サイラス・ティード博士は、彼の信者たちが小さな骨格に合わせて正確に作った亜鉛のバスタブにやさしく寝かされた。彼の両目は閉じ、顔は無表情で、肌は黒ずみ、膨らんだ舌は膨張してめくれた唇の間から飛び出ていた。かれらは腰から下を白いシーツで覆い、胴の部分は裸のまま残した。外から見る限り、彼は死んでいた。しかも死後三日が経過していた。にもかかわらず、信者たちは彼がトランス状態、かれらが呼ぶところの一時的な動作停止の状態にあると言った。

 フロリダ南西部の海岸の2マイル(3・2キロ)沖合にある現在フォート・マイヤーズ・ビーチと呼ばれる島の南端にある家の二階の浴室にティードは横たわっていた。気温は22度、窓は疑いなく換気のために塩っぽい大気に向かって開け放たれていた。メキシコ湾の穏やかな水はやさしく岸辺を洗っていた。

 その二日前、フォート・マイヤーズから来た医師たちはティードを診察し、自然要因による死が間近に迫っていると宣告し、記録ノートを読み上げた。ティードのかかりつけの医師であるオーガスタス・ワイマーだけが彼自身の記録ノートを保持し、ティードのおなかが膨れ上がり、ゆるむのを観察した。また動脈を押すと、それがはね返してくるのを見た。ティードの死を宣告した医師らに関し、ワイマーはつぎのように書いている。「われわれは希望を捨てていない。医師たちにはぜひ死亡検査官(検視官)を訪ねてほしいものだ」

 

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