チベット奇観 10 チャンタン高原 Photo:Mikio Miyamoto

 5500mの峠を越えてしばらく行くと、火星の表面にでも達したかのような鉱石だらけの地帯に出た。草一本生えていない。生命の痕跡すら見つからなかった。ようやく白い犬の頭蓋骨に出会った。相当風化していて、白い石と区別がつかなかった。生命を感じさせる要素など何ひとつ残っていないのに、それが唯一の生命の跡だとは。

 このあとしばらく進んで町の匂いが感じられるようになったとき、突如十匹以上の獰猛な黒いチベット犬の群れが襲い掛かってきた。ランドクルーザーの窓を通して涎(よだれ)の飛沫が飛んできそうだった。チベットのほかの地域では、犬が襲ってくるにしても、せいぜい3匹か4匹だ。こんなにたくさん、しかもみな殺気立っているなんて、信じられない。私は少し前に見た犬の頭蓋骨を思い出していた。少し油断すると、干からびた骨になってしまうのだ。人間に愛されて生きている犬がいることを、これら「ならず犬」たちは想像することすらできないだろう。



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