チベット奇観 12 西チベット キュンルン温泉 Photo:Mikio Miyamoto 

 吐蕃以前のチベットの古代王国、シャンシュン国の都の有力候補とされるキュンルン銀城。その入口には温泉が湧き出ている。ラサから千数百キロも離れていて、海抜も四千メートルに近く、ほとんど観光客も来ないので、文字通り秘湯中の秘湯だ。
 上の写真はまるで氷河のようだが、これは温泉の炭酸カルシウム(石灰)が作り出した自然の芸術作品である。これが一千万年後には、トルコのパムッカレみたいな白い段丘になるのだろうか。私にとってはたびたび滞在していた中国雲南省の白水台や四川省の黄龍(ホアンロン)の「石灰華段丘」のほうがなじみがあるが。

  
 この「石灰氷河」の近くには波形状の温泉地があった。ここは体を浸す場所がないので、足湯を楽しんだ。足先を入れるだけで体がポカポカと温まってきた。シャンシュン国の時代、国王と王妃だけが足湯を楽しんだのだろうか。それとも大臣や官吏、あるいは平民も使えたのだろうか。
 銀城には百年前まで仏教の寺院があった。場所柄、十人以上の僧侶がいたとは思えないが、お坊さんたちも息抜きにここに来たに違いない。銀城には二百以上の洞窟があるが、ここで修業していたボン教や仏教の修行者も訪れていただろう。
 じつはチベットは温泉だらけだ。巡礼者になじみ深いのはマナサロワール湖(マパム・ユムツォ)の湖畔の温泉だ。ここも沐浴用の設備はないので(水量はたっぷりあるので、湯をかぶることはできる)私は温泉の湯を使って洗濯をした。たまっていた洗濯物を一挙に洗って庭先に干したら、三十分後にはカチンカチンに凍っていた。気温は零下だった。ほかにもティルタプリに入るあたりの道路脇にも温泉が流れていた。溝に温泉が誰にも触れることなく流れているのは、なんだかもったいなかった。
 もっとも、チベットの巡礼者には、湯で垢を流すという感覚はないようだ。むしろ肌の上に何層もの垢を重ねて、防寒チョッキにしていこうとする。こうしてチベットの極寒の冬を生き延びるのである。

 右の写真は、ランチェン・ツァンポ川(サトレジ川上流なので、いずれインダス川と合流する)の端に温泉が湧き出ているところ。キュンルン銀城に入る橋のすぐ横だが、残念ながらここに近づくことはできなかったので、水温がどのくらいかはわからなかった。私は雲南の山奥の川のジャグージ温泉を堪能したことがある。この「キュンルン温泉」の湯加減がよかったら、最高の温泉場になるのだが。


 温泉の横には、奇妙な、不気味な、悪魔の顔のような崖があった。おそらく、温泉が湧き出ていたが、枯渇したあと、こういう紋様を残したのだろう。古代シャンシュン人がこれに「神」を見たか、「魔」を見たかはわからない。



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