時をかける猫とぼく  ロイド・アリグザンダー 

 

998年の日本 

8 天皇の猫の指南役 

「こちに来られよ! はよう入るがよい!」

 ジェイソンはまばたきした。ほんの一瞬前、ジェイソンとギャレスはエリンの森にいた。いま、ここは日本の通りだ。かぼそい口ひげと細長い白いあごひげの老人が遠くのかごからかれらを呼んでいた。

「入るのだ! さあ!」老人はなおも繰り返し叫んだ。その顔色は青ざめたレモンのようだった。老人はジェイソンのこぶしをむんずとつかみ、なかに引き込んだ。外から見ると、かごは二本の箸によって運ばれる化粧箱のようだった。内側は、スパイスのにおいがするちっぽけな小屋のなかのようだった。

「このようなむさくるしい者であることをお許しいただきたい」と男は言った。男は孫程という名であると自己紹介した。「このミカドの住まう都で猫を見るとは驚きである。ほかにもっといるのであろうか」と彼は不安そうな表情でたずねた。

「ぼくにはわかりません」とジェイソンはこたえた。「ぼくたちは到着したばかりなんです。いまのところほかの猫は見ていません」

 孫程は刺繍がほどこされた袖から紙でできた扇子を取り出し、パタパタとあおぎはじめた。「それはよかった! 私は一条天皇に、日本のどこを探しても見つからないでしょうと言ってしまったのだ。そして約束してしまったのだ」と彼は付け加えた。「持ち込まれることもないでしょうと」*原文はIchigo天皇だが、猫好きで知られる一条天皇(960-1011)のこと。おそらく猫の民俗や文学、歴史についてまとめたエンサイクロペディア的な本『家の中の虎』(カール・ヴァン=ヴェクテン1920)の誤植をそのまま受け継いでしまったのだろう。ちなみにこの本、『大和怪異記』や『耳袋』から引用していて、著者の博識ぶりに驚かされる。 
 

 こしの横をゆっくりと走ってかれらはついていった。孫程は、じぶんは貿易商人であると説明した。彼は日本人ではなく、華人だった。*原文では彼の名はスン・チョン。歴史上この読みの名と(たまたま)一致する人物には、2世紀の後漢の宦官孫程がいる。一年に一度、彼は天皇が住まう京都へおもむくのだという。「天皇はけっして満足しない」と彼はつづけた。「いつもなにか新しいものを欲するのだ」彼は首を振った。「このたびは」ふたにいくつもの穴があいた、大きな赤い漆の箱を指さした。「ほんとうにもっとも名誉ある驚きの贈り物となるだろう。もしいっしょに来るなら、商品サンプルとしてだが、この役に立たないもので喜ばせることができるだろう」

 ジェイソンは、彼やガレスがどうしたら商品サンプルになるのかわからなかったが、この商人に同行することにきめた。

 かごが宮廷の敷地内にはいった。数分ごとに孫程は狭い窓から藁でできた巻物を警護に見せ、検問を通過していかなければならなかった。内裏の前でかれらはとまった。赤い箱を持った孫程がかごから出た。猫を抱いたジェイソンもあわててかごから出て、老いた華人のあとから広い階段を上がっていった。そのとき殿上人や侍従、召使らがなかからどっと出てきて、かれらを廊下まで押しやった。あっという間のできごとだったので、ジェイソンはまわりを見まわす時間の余裕もなかった。かろうじて目にしたのは、見事な刺繍がほどこされた壁布や絵の描かれた屏風、大きな提灯などだった。輝くよろいをまとった警護はどこにでもいた。かれらはやりや邪悪そうな剣をもち、直立し、微塵も動かなかった。 

 天皇の玉座の間に近づくと、孫程はふるえはじえた。「することをせよ」彼はささやいた。「もししなければ、おまえのみすぼらしい、価値のない頭に見合ったものしか得られないだろう」

 巨大な扉の前で孫程はひざまずき、頭が床に触れるまで深々とお辞儀をした。ジェイソンも見習った。「頭を上げるな」孫程がささやいた。

 銅鑼の音が割れんばかりに響き、すべての扉が開いた。孫程は頭を垂れたまま這って前に進んだ。ジェイソンもじりじりと前に進んだ。視界の端に何列にも連なる警護兵が見えた。玉座の間ははるか遠かった。

「こいつらふたりは価値のない、まったくもって役立たずのゴミだな」殿上人のひとりが叫んだ。「なのにかれらは天皇陛下の神々しい、信じがたいほどの価値がある、尊い瞬間を欲している」

 銅鑼の音のあいまに、ジェイソンの耳がジーンと鳴り始めた。依然としてひざまずいたままで、こぶしを握りしめていた孫程は、ついに頭を上げた。ジェイソンも上半身をシャキッと起こした。かれらはほとんど玉座の下にやってきていた。玉座に坐っているのは一条天皇本人である。彼はたくさんのキモノを着て、飾り帯をつけ、黄金の刺繍が施された堅固なスカートを何枚もはいていた。その姿はまるで人形のようだった。

 一条天皇はジェイソンより年下の少年だった。

 孫程は漆の箱をいじりまわし、ふたをずらし、箱を横倒しにした。するとなかから茶と黒のストライプ模様の五匹の子猫が出てきた。

 ニャーニャー鳴きながら、目をぱちくりさせて、子猫たちは四方に走り出さんばかりだった。ところがギャレスの姿を見ると、そのまわりに群がってきた。黒猫は安心させるように一匹ずつなめてあげた。

 一条天皇は喜んで拍手し、玉座から跳び下りてきた。つぎの瞬間、天皇はジェイソンとガレスの横にいて、驚き、魅了された表情を浮かべて子猫たちをじっと見つめていた。

「朕(ぼく)はみなほしい!」天皇は叫んだ。「でもこれらは何なのか?」

「これらは猫と呼ばれるものです、天皇陛下」と孫程は説明した。「われら卑しき国では、これらは古くからたいへん尊敬されてきた生きものなのです」

「なぜこれらは大きさがちがうのか」天皇はたずねた。

「小さいのはまだ幼いからです」と孫程は言った。「成長すれば大きくなるでしょう」

「猫というのか」天皇はにんまりとした。「ずっとこういうのがほしかったんだ」

 ジェイソンはガレスのまわりで遊ぶ子猫たちから目が離せず、一条天皇の背後に立っていたきらびやかな甲冑を着た男に気づかなかった。彼は両手を腰に当てて、天皇をしかりつけた。

「このばかみたいなものは何ですか」男はムチみたいな声できいた。

 天皇は男のほうを向いて言った。「藤原のおじさん、飼ってもいいでしょう?」

 男は軽蔑するようなまなざしで猫たちを見た。「これらは味がよさそうには見えませんな」

「尊敬すべき摂政さま」孫程は床に頭をぶつけながら懇願した。「至高の存在である天皇の導き手であり、教師であるあなたは、これら猫が食べるものではないことをご存知でないようです。猫ははるかにもっと高価な宝なのです」

「このみじめな毛虫が? 何がそんなにいいのだ?」

「これらの目をよく観察してください」と孫程は言った。「その瞳のふくらみかたによって時間がわかります。かれらのからだの掃除のしかたによって天気がわかります。かれらはすばらしい歌い手です。踊ることもできます」

「ネズミとりのことも忘れないで」ジェイソンがささやいた。

「しっ」商人は恐怖をたたえた目をしてささやき返した。「宮中でネズミの話をしてはいかん」

「おじさん、どうかお願いです」一条天皇は懇願した。少年は摂政の前で頭を下げた。「これほど懸命に頼んだことはありません」

「この動物の世話をしているのはだれかな」と摂政はたずねた。「商人よ、世話人を用意できるなら、その者は天皇の近くに残ることになろうぞ」

 孫程は中国での仕事があるため異議を申し立てた。そうでなければ喜んで引き受けるところだった。

 摂政は肩をすくめた。「ならば猫とともに帰っていいぞ」

 一条天皇はこのやりとりを聞いて悲しそうな表情を浮かべた。ジェイソンはすかさず口をはさんだ。「わたくしの猫とわたくしは、子猫とともに残ることができます」

 天皇の表情にぱっと明るさがもどった。「よかろう。そなたを宮中猫指南に任ぜよう」彼は命令を下した。「宮廷内での特権をそなたに与えよう。おじの摂政が認めたときにかぎるけど」

 摂政はいやいやながらもうなずいた。「いまあなたの値段を論議しないといけませんな」。彼がそっけないしぐさをすると、孫程は後ろ向きに這って玉座の間から出ていった。摂政はおおまたでそのあとから出ていった。ふたりの少年は向かい合ってすわり、ほんの一瞬見つめ合った。ジェイソンは神聖なる天皇にどう対処すればいいかわからなかった。しかしいま摂政は去ったので、天皇は神聖なる烏帽子を脱いで床に転がした。彼はジェイソンを見てにやりと笑った。「藤原のおじさんが猫を飼わせてくれるみたいでうれしいよ。もしそちがいてくれるって言ってくれなかったら、どうしたらいいかわからなかったよ」

「天皇はなんでも好きなことができるって思っていましたよ」とジェイソン。

 一条天皇は悲しそうに首を振った。「藤原のおじさんがいなければだけどね」そして彼は付け加えた。「天皇全員に藤原のおじさんがいるわけではないだろうけど」。彼は一匹の子猫をつまみ、両手を丸めてそこに置いて抱いた。小さな動物は天皇の親指を両方の前足でつつみ、遊び半分で親指をかじった。「さて」と天皇は言った。「はじめにすべきことは、猫たちに礼儀を教えることだ。でなければ、藤原のおじさんがひどくご機嫌斜めになってしまうからね」

「礼儀?」ジェイソンはたずねた。「猫に関しては心配することはありません。かれらはどうふるまえばいいか知っています、いつでも、どこでも」

「いや、そうじゃなく」と一条天皇。「天皇への服従の礼を学ばなければならないんだ。玉座の間にはいるときはだれもがそれにしたがわなければならない。藤原のおじさんはべつだけど、もちろん」

「てことは、みんな頭を下げて、這いつくばらなければならないのですか?」とジェイソンはきいた。思わず吹き出してしまいそうだった。だがその厳粛な面持ちからも、少年天皇が大まじめであることがわかった。

「うん、そういうこと」天皇はこたえた。「至高の存在、ま、ぼくのことなんだけど、近づいたときにしなければならないんだ」

「でも、恐れながら申し上げますと、天皇にお辞儀をする猫なんて聞いたことがないんだけど」とジェイソン。「そんなことしないですよ、陛下。猫に無理強いさせても時間の無駄です。猫はしたいことをする動物なんです。天皇であろうとだれであろうと関係ないんです」

 一条天皇は一瞬考えた。「そうかもしれないね、宮廷猫の指南さん」と彼は言った。「きみがそう言うんだからね」彼はため息をついた。「きっと誇り高い生きものなんだ。天皇よりも誇り高いんだ」と、もの思わしげにつけ加えた。

「思うに最初にやることは」とジェイソン。「食べ物をやることです」

「食べ物? ああなるほど。もちろん猫に食べ物やんなきゃ」。顔を上げることもなく、いわんや首を回すこともなく、一条天皇は手を二回パンパンとたたいた。「食べ物をもってこい! 宮中でもっともおいしい食べ物だ!」

 ジェイソンが驚いたことには、一分後には14人の召使が列をなしてやってきたのである。かれらはひざまずき、頭を床に打ちつけた。そして覆いのかぶさった料理やボウル、皿などが山のように運ばれてきた。それに十二対の箸も。覆いが取り除かれると、美しく磨かれたくだものや干しぶどう、砂糖菓子、色鮮やかなクッキー、砂糖漬けくだものなどがあらわれた。

「ちがうよ! これじゃない!」ジェイソンは叫んだ。「どれも猫が食べられないものばかりだ。陛下、かれらに言ってください。もっと普通の食べ物をって。肉や魚、すこしのミルクでいいんです」

 一条天皇がまた両手を打つと、召使たちは消えていった。彼はみじめたらしく、がっかりしているようだったので、ジェイソンは、彼が至高の存在であることを一瞬忘れ、少年の肩の上に手をポンと置いた。

「そんなにくよくよしないで」とジェイソンは言った。「猫について知るべきことは山ほどあるんだ。さてどこからスタートするのがいいのかな」

 

 みなが食事をすませたあと、召使いの列によってジェイソン、ギャレス、子猫たちは宮中の別の一角にある寝室に導かれた。部屋の壁はスライド式の紙でできた障子で、それをあけると外からやわらかな夜の空気がはいってきた。部屋には花々の香りが満ちていた。月明かりのなかで宮中の敷地の向こうにいくつもの庭園が、そして幾重もの桜並木が見えた。どこかからはミニチュアの滝のサラサラという音が聞こえてきた。庭全体に竹筒がつるされていて、そよ風が通るたびにメロディアスな竹がこすれる一種の鈴の音(ね)がかなでられた。小さな柳細工のかごのなかのコオロギがリンリンと鳴いていた。

「そういえば」とジェイソンは言った。「アイルランドやブリテンにつづいて大きな変革が起こることになるのか」

「日本人は何百年もこういうのを持っているんです」とギャレスは言った。「こういうことに関しては中国文明がたけています。日本よりももっと古いといえるでしょう。長い歯チェルディッチと友人たちが小屋のなかで震えている頃、かれらは本や科学、美しい建物などを持っていたのです」

「感覚的にわかるんだけど」ジェイソンはつづけた。「一条天皇は玉座の間の外で何が起きているかほんとうになにも知らないんだ。夕食を食べるときの様子がいい例だよ。天皇が手をたたく。すると料理があらわれる。人々がその準備をしているということに天皇は思い至らない。この人々は現実だし、作られた料理を食べる猫も現実なんだけどね」

「ほとんどの天皇はおなじようにふるまいます」とガレスは言った。「エジプトのネテルケット王のことを覚えていますか。まあ、われわれ猫にとっては、だれかがじぶんをファラオと呼ぼうが、至高の存在と呼ぼうが、知ったこっちゃありません。われわれからすればひとりの人間にすぎないのです。でも我慢しながら彼とすごさなければならない人間にとってはたいへん大きなちがいがあるのです」

「真実は」ギャレスはつづけた。「天皇がじぶんの民について、そしてじぶんの仕事について知れば知るほど、より幸福になるのです。ネテルケットは少なくともじぶんが支配者であることを知っていました。かわいそうな一条天皇は知りません。彼が学ぶべきことはたくさんあります。おなじことはこの子猫たちにもいえるのです」。ガレスは付けくわえた。「子猫たちについては朝、世話をしましょう」

 しかしながら翌日、ギャレスには予定通りおこなう機会がなかった。一条天皇が玉座の間に37人の絵師、19人の詩人、42人の学者、そして雰囲気をやわらげるために83人の演奏家を呼んだのである。絵師たちは子猫の絵を描いた。学者たちはそれをよく見て研究した。しかし各学者の意見は、猫がどんな動物であるかについて一致することはなかった。演奏家はフルートを吹き、太鼓をたたき、木のかたまり(木魚)をはたき、弦がほとんどないバンジョーのような楽器を奏でた。

 このように音楽、論議、行ったり来たり、這いつくばりとお辞儀などの大騒乱だったので、ギャレスは耳を折ってふさいで騒音を遮断し、いらついてしっぽを振った。子猫たちはおののき、玉座の下にもぐりこみ、出てこようとしなかった。

「天皇陛下」とジェイソンは呼びかけた。「宮中猫の指南として、あなたにアドバイスを献上したい。ここにいる人みなを退出させるべきです」

「でもみんな称賛するために来たんだよ」一条天皇は納得しなかった。

「それはどうでもいいんです」ジェイソンはきっぱりと言った。「猫は称賛されたいと思っていません。称賛するなら、一回その機会があればいいのです。実際、もうすでに十分かれらは称賛されました。それに子猫たちにはやるべき重要な仕事がたくさんあるのです」

 一条天皇はまたもがっかりしたように見えた。しかし藤原のおじさんがこの場にいなかったので、彼はジェイソンのアドバイスにしたがうことにした。彼がパンパンと手をたたくと、数秒後、部屋の中はからっぽになった。子猫たちは一匹ずつ玉座の下から頭をひょいと出した。ギャレスが説得すると、ようやくかれらは玉座の下から出てきた。

 ジェイソンと一条天皇が見守るなかで、子猫たちは部屋のあちこちでたわむれて遊び、すべすべに磨かれた床の上ですべり、ころがった。静かにすわっていたギャレスは、黒と茶の小さな毛玉のなかで、長い黒い影となるまで前に進んだ。

 子猫たちは年長の猫のところに向かって徒競走した。ガレスはごろりと横にころがった。そして攻撃してくる子猫たちを一匹ずつ後ろ足で空中にほうりなげた。子猫たちはガレスのしっぽをとらえようと襲いかかった。ガレスはとらえられようという寸前にしっぽを引き、かれらが届かないところに置いた。子猫たちは取っ組み合いをはじめた。ガレスが身をかがめ、そのなかに飛び込むと、子猫たちはいっせいに散っていった。

「警護を呼んで!」一条天皇は叫んだ。「かれらがケンカしている! お互いに殺そうとしている!」

「遊んでいるだけですよ」ジェイソンは天皇を安心させようと声をかけた。「どうやっていっぱしの猫になるか。これはその学習なんです。あ、あれを見て!」。一匹の子猫がほとんど後ろ足で立ち、ギャレスの前で前足をばたつかせた。子猫が跳ぶと、ギャレスは身をかがませ、跳びかかり、つかまえた。二匹の猫は取っ組み合ったまま、床の上をころがった。「お見事! 子猫はだいぶ上手に後ろ足が使えるようになりましたね」

 見せかけの戦いは、はじまってすぐに終わった。ギャレスを含むすべての猫は突然動きをとめ、床にお尻をつけてすわり、からだの掃除をはじめた。

「よくわかった」一条天皇は言った。「猫たちは学んでいるんだね。天皇もおなじように学べたらなあ」彼はため息をついた。「もちろん藤原のおじさんがいるのだから、そんな必要もないんだろうけど」

 

 その夜、一条天皇が子猫たちを寝室につれていきたいと必死にせがんだので、ジェイソンはしぶしぶ認めた。宮中では特別悪いことが起こることはないだろうとジェイソンは高をくくった。しかし翌朝、子猫たちをいつものように遊ばせるため、彼とギャレスが玉座の間を訪ねると、驚くべきことが起きていた。すべての子猫がきれいな刺繍がほどこされたキモノを着ていたのだ。

「宮中の専属仕たて屋が徹夜で働いてくれたのだ」と一条天皇は胸を張った。

「でも猫はキモノを着たりはしないよ!」

「ぼくの猫は着るんだ!」

「でも天皇陛下」ジェイソンはくらいついた。「宮廷猫の指南として言わせてもらえば……」

「やめて! 猫はどうすべきだ、とかやめて! もううんざり! 猫はぼくの猫なんだ。天皇の猫にふさわしいかっこうをするんだ」

「天皇の猫もほかの猫も変わんない」ジェイソンはたしなめようとした。

 でも一条天皇は腕を組み、顔をプイとそらし、これ以上聞く耳をもたなかった。

 ジェイソンは怒って大またで玉座の間から出ていった。床に頭をつけなければいけないという規則のことは完璧に忘れていた。

 のちにジェイソンとギャレスだけになったとき、彼はなおもいらだっていた。「あんなバカバカしいの、見たことないよ」彼はぴしゃりと言った。

「まあ、一条天皇はすこしばかりの気概を見せたってことですね」とギャレスは言った。「それがまちがったやりかただったとしても。彼はほんとうに子猫を飼いたいんでしょう。ただやりかたをよく知らないだけなのです」

「ばかげたキモノを脱がせるよう天皇をしむけないといけないね」とジェイソン。「まずそこからはじめないと」

「いや」とギャレス。「そのうちキモノは脱ぐことになるでしょう。最初にすべきは、宮廷から出ることです。しばらくのあいだだけでもね。猫を狭い所に閉じ込めっぱなしというわけにはいきません。においをかぎ、ネズミを追い回し、いろいろなものを見て、とても慎重に学ぶのです。これらのものすべてがあって、猫は猫であることができるのです」

 その夜、宮中のだれもが眠っているとき、ジェイソンは寝室のふすまの後ろで物音をたてずにじっと待った。すぐに外にギャレスがあらわれた。そのかたわらには子猫たちがいた。

「こっちに来て」とギャレスは呼びかけた。「一条天皇が起きる前にもどらなければなりません」

 ジェイソンはふすまをあけて、涼しい庭に足を踏み出した。ギャレスを先頭に、かれらは宮中の敷地を横切っていった。正門の警護兵を避けるため、かれらは桜園を通り、京都の中心部に向かった。かれらの後ろには、キモノを着たままの五匹の子猫たちが忍び足でついてきていた。


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