時をかける猫とぼく  ロイド・アリグザンダー 

 

18 評決 

 四人の人間と一匹の猫が、狭苦しい牢獄の湿ったわらの上にギュっと集まった。スペックフレッサー親方の顔を見るには暗すぎたが、元気でないことはたしかだとジェイソンは思った。

「鼻をすするのと、いじいじ泣くのは、やめてくれんかな、七面鳥くん」ヨハネス親方は我慢しきれなくなり、そう命じた。「われわれがここにいることになったのは、あんたのせいだからな。あんたがウソをついて、正直な人をだましたりしなければ……」

 スペックフレッサー親方は鼻であしらった。「すまんと思っておる」かぼそい声で言った。「こんなことになるとは夢にも思わんかった」

「いや思ってたでしょ」とジェイソン。

「実際、信じられんよ、こんな不愉快きわまりないことになるとは」すっかり落ち込んだスペックフレッサー親方は涙ながらに鼻声で言った。「なってみて、はじめてわかるもんだな」

 女主人ウルスリナは何も言わずにガレスをなでていた。

 ヨハネスはかたい石の床の上で、居心地悪そうにからだを動かした。「わしが理解できんのは」と図体の大きい粉屋は言った。「なぜこんなばかげた魔術とやらをやりつづけているかだ。それがなんの効果もないことは知っているはずだ。もし効果があるとしても、それはのぞましい結果をもたらさなかっただろう」

「村では魔女に関する世間話でもちきりだったよ」とスペックフレッサーは言った。「それは、どうやって空中を飛ぶことができるか、どうやって透明人間になるか、どうやって麦を黄金に変えることができるか、そういったことだった。わしは考えたのだ。自分でたしかめればよいではないかと。わしはいつもこういうことをやりたいと考えてきたのだ」

「でもまあ、そういったことは成功したためしがないのだ」と粉屋は言った。「もしあんたが魔術にそそいだエネルギーをまじめな仕事にそそいでいたら、いまごろはほしかっただけの黄金を得ることができていたであろうに」

「たしかにおぬしがおっしゃるとおりだ」スペックフレッサーがため息をついたとき、大きな涙の粒が鼻をつたった。「だがわしにも言い分がある。審問官はわしの言うことを聞いてくださるだろう」

 しかしながら、二、三時間後、ジェイソンとほかの人々が警備兵によって審問室に連行されたとき、審問官たちはスペックフレッサー親方のほうを見ることすらなかった。最年長の審問官は、骨ばっていて、角灯のようなアゴをもち、トゲのように鋭い目つきの黒衣の男だった。彼はテーブル上の書類を切りまぜた。「われわれはあなたの事案を徹底的に研究しました」彼はくちびるをなめながら、まるで一語一語味わうかのように、のべはじめた。

「研究するほどの時間はなかったであろう!」と粉屋は叫んだ。

 審問官は一顧だにしなかった。文書を読み上げるとき、彼の小さな目はいっそう鋭くなった。

「告発された魔女、粉屋のヨハネス、有罪」

「告発された魔女、ウルスリナ、有罪」

「告発された魔女、スペックフレッサー、有罪」

「悪魔を装った少年を装った悪魔、有罪」

「猫を装った悪魔、有罪」

 審問官は書類を卓上に置き、トントンとそろえた。「あなたたちはあすの朝、火刑に処せられるだろう。私が言うのだからまちがいない」彼は笑いながら付けくわえた。「これはみなあなたがた自身のためを思ってのことである」

「わしらは自分たちのことは自分たちで決めるぞ」ヨハネスは跳びあがって叫んだ。

 彼が力強く腕を振ると、それは審問官のテーブル上をかすめ、引っかけられた書類が空中に散乱した。うとうとしていた警備兵たちは、はね起きた。混乱が巻き起こるなか、ひとりの警備兵が槍を落とし、よろめいて被告人たちのなかにつっこんだ。たくましい粉屋は片手でイスを持ち、彼をめった打ちした。窓が粉々にくだけた。粉屋のパンチをくらった警備兵は、壁際までよろめき、大の字になって倒れた。

「さあ、諸君、出ていこう!」ヨハネスはどなった。「ここは正直者のいるべき場所ではない」

 審問官は警備兵たちに向かって叫んだ。警備兵たちは互いに叫び合った。「悪魔どもが逃げたぞ! 村に警告するのだ!」

 粉屋は扉の前に立ちはだかり、ウルスリナの手を引くと、肩の上にのせた。ジェイソンとギャレスは、あえぎ、ゴボゴボとのどを鳴らしているスペックフレッサーを後衛として、あたふたと階段をおりて、市場に出た。

 粉屋の馬車はスペックフレッサーの家の後ろの路地にとめてあった。逃走中の悪魔たちはそれにとびのった。石塔の警告の鐘が狂ったように鳴らされた。おどろいた馬が駆け出すと、車も激しく揺れて、引っ張られていった。

 

 月明かりのもと、道は森の中を静かに伸びていた。村は後方はるか遠くになり、ヨハネスは手綱をゆるめ、馬のペースにまかせた。

「あいつらはもう追って来ないようだ」ヨハネスは車輪が落ち葉を踏みしめてきしんだ音をたてるあいまに言った。「ほんとにわれわれが悪魔だと信じているからな。ばかげたことだが。暗くなってから悪魔を追うような度量はかれらにはないだろう」

「ヨハネス親方、あなたはわたしの命の恩人です」とウルスリナは言った。「でもあなたは製粉機をなくしてしまった。それがなければ……」

「粉屋はいつも主人を待っている製粉機と出会うものさ」ヨハネスは笑い飛ばした。「あんたはわしのために家を探してくれるだろう」

「わしはどうなんだ?」スペックフレッサー親方がかん高い声をあげた。 

「おお、おまえか。そうだな、行儀よくしていれば、わしの弟子にしてやってもいいぞ。趣向を変えるのもいいだろう」

「わしが粉屋に?」スペックフレッサーは息をつまらせた。「どうして……」ヨハネス親方の表情を見たとき、スペックフレッサーは声を押しとどめた。「ごく当然のことだ。健康的な生活を送ることができる。わしはいつもパンを食べる喜びを感じておる」

 馬車が曲がり角に達したとき、ギャレスはそわそわしはじめたように見えた。「ここで別れたほうがいいと思う」とジェイソンは粉屋に言った。

 ヨハネスやウルスリナだけでなく、スペックフレッサー親方も反対した。しかし粉屋が結局は反対しないということを、ジェイソンは感じ取っていた。ヨハネスは手綱をゆるめ、ジェイソンの肩をたたいた。

「幸運がありますように。もし気が変わったら、こっちに来るがいい。すぐ追いつけるから」

 ジェイソンとギャレスは馬車から跳び下りた。馬車は去っていった。

「ここで降りてよかったと思うよ」ジェイソンは言った。「ここはひどいところだよ。人間にとってろくでもないけど、猫にとってはどうだい? 人があんなんじゃ、猫は一匹もいなくなってしまうよ」

「いつの日かこんなことはやめるでしょう」ギャレスは言った。「しばらくやめたかと思うと、またはじめるのです。すこしちがったふうに。でもほとんどおなじです。やったり、やめたりの繰り返しです、迷信にとらわれなくなるまで。それまでは暗闇をおそれ、互いをおそれるのです」

「でもそれまで猫はどうするの?」

「生きのびるのです」とギャレス。「希望を捨てないのです」

 ジェイソンは首を振った。「エジプトでは人は猫を神と考えた。ここでは悪魔だと考えている。だれも猫は猫だと理解しないのかな?」

「われわれは待っているのです」とギャレス。「忍耐が必要なのです。でもそれは猫が必要としているたくさんのことのひとつにすぎません。だれかが扉をあけるのをひたすら待たねばならぬことは、子猫だって知っています」

 はるか遠くに馬車が見えた。月明かりの中でヨハネス親方が手をあげているのがジェイソンには見えた。ジェイソンも手をあげて別れのあいさつをした。馬車はついに視界から消えた。

 そして道は完全にからっぽになった。


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