史書ラージャタランギニー中のイエス
歴史資料の少ないインドにあって、カルハナが1147年から1149年にかけてサンスクリットで著したカシミールの王統史『ラージャタランギニー』(王の川)は、貴重な情報源だ。古代歌謡や詩、石碑、ニラ・プラーナ、寺院の奉納文、国王の公式文書などあらゆるものから作者はデータを集めて編纂しているのだ。19世紀から翻訳されるようになったが、ジョデシュ・チュンデル・ダットが翻訳し、20世紀初頭にオーレル・スタインが校訂・注釈したバージョンが秀逸だといわれている。
ただしカルハナの悪癖は、富や健康、公正さを表すのに誇大になり、美辞麗句で飾るところがあることだ。しかも登場する人々はシヴァ崇拝者やバラモンはきまって善人なのである。しかし、オルソンに言わせると、もっとも大きな問題点は年代が不確かであることだ。
第14章でも触れたように(「古代の予言書」)磔刑に処せられ、よみがえる王子サムディマッティ(サンディマッティ)は、イエスにそっくりだ。そこに描かれているのがイエスのことであり、磔刑上の死を免れてカシミールにやってきたと仮定するなら、すべての辻褄があうとオルソンは主張する。
AD13−14
イエスの知られざる歳月。インドで教育を受ける。
AD20−29
ジャネンドラ王のもと、イエスは大臣を務める。ジャネンドラは王位を簒奪したとして不人気。
AD29−30
ジャネンドラ王と他の大臣たちはイエスの富を盗もうとする。富とはモーセの杖のことか? イエスはユダヤにもどり、宣教活動を開始。イエス、ふたたびカシミールへ。カシミールには古くからユダヤ人が住んでいた。イエスは王になるべき者とみなされていた。なぜなら聖遺物を持っていたから。
AD30−33
イエス、ユダヤにまた現れる。しかし磔刑に処せられる。十字架上のプレートに「ユダヤの王」と刻まれる。インドでは、十字架上のプレートに「彼は起き上がり、カシミールに戻ってきて治めるだろう」と刻まれた。
AD45
イエスとトマス、ゴンドファルネスの宮廷に現れ、メガヴァハナとアムリタプラハの結婚式に出席する。メガヴァハナは国王の甥でアブディガセスという称号で呼ばれる。イエスの兄弟ヤコブもこの称号をもつ。
AD40−60
メガヴァハナがカシミールを統治する。何人かの妻をもつが、もっとも年上の妻はアムリタプラバ、すなわちマリアである。
AD60
プラヴァラセナがカシミールを統治する。彼はメガヴァハナとアムリタプラハの息子である。プラヴァラセナはイエスの特徴をすべてもつ。
このように表にまとめながら、オルソンは「このパズルはどうやって解けばいいのか」と問いかけている。メガヴァハナはイエスの父ヨセフで、ガドと呼ばれるゴンドファルネスの兄弟なのか。もしアリマタヤのヨセフがイエスの叔父なら、ふたりのヨセフ(兄弟ともヨセフ)が国を統治したのか。この時代、兄弟が統治しても驚くべきことではないとオルソンは言う。
こうした推論に推論を重ねた仮説は、屋上屋を架するようで、現実感に欠けていると思う。しかし歴史を改竄するわけではないので、いくつもの仮説をもちながら史書ラージャタランギニーを読み解いていくのには意義があるのではなかろうか。
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