イッサはチベットへ行ってトンパ・シェンラブになった 

アンジェロ・パラティコ『カルマ・キラー』 

 

(1)イエスの18年間の謎 

 イタリア以外ではいまのところそれほど話題になっていないが、イタリア人アンジェロ・パラティコの書いた『カルマ・キラー』(2004、英訳は2009)は不思議な魅力にあふれた冒険サスペンス小説だ。この小説もまたインドのイエス伝説をモティーフのしているのだが、他と大きく異なった点がある。それはイエスの到達点がインドやカシミールではなく、チベットという点だ。

 主人公のジャコモ・サルヴィがチベットに入る前、香港で、知り合いの米国人カメラマンからチベット宗教史の専門家で神秘家の僧侶、ミレルパを紹介される。ミレルパという名前は詩聖ミラレパを彷彿とさせるが、似ているだけでなく、ミラレパの転生なのだという。彼はトランス状態に入って歴史を「見る」という特殊能力をもっていた。

 ジャコモはミレルパに、チベットへ入る目的をかいつまんで説明した。それはイエスの謎の18年間、そしてその期間にチベットへ旅をしたのではないかという伝説について調べることだった。

 ミレルパは一分間黙して考えたあと、口をひらいた。

「たしかにそうです。そのことについては聞いたことがあります。あなたが考える以上にそこには真実があります。キリスト教と仏教には共通点がたくさんあります。世界中のすべての宗教には共通するものがあるのかもしれません。しかしもっとありえるのは、イッサがインドへ行ったということです」

 ジャコモはミレルパの言葉を聞いて驚く。ジャコモはミレルパに、ヘミス僧院の文書が本当に存在するのか聞いてみた。

「それは二百年前に作られた偽書かもしれませんし、1500年前にネストリウス派の僧によって書かれたものかもしれません。その発見したとかいうユダヤ系ロシア人の名は何でしたかな、そう、ノトヴィッチ、ニコライ・ノトヴィッチでしたな。その文書のオリジナリティから推察するに、ノトヴィッチ自身がすべてを書いたとは思えないですね」

 ノトヴィッチの時代から時がたち、ごく普通の観光客やトレッカーがラダックに来るようになり、西洋人の「にわか研究家」も増えてきた。旅行者のあいだでは話のネタとして結構有名になったのである。この狂騒曲に関してはすでに引用したので、第2章「私も見たいものだ……」を読んでいただきたい。




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