ロヒンギャ秘史   聖者伝説から難民問題まで  宮本神酒男

 ロヒンギャ問題は解決されるどころかますます泥沼化しつつある。最新の動きについて東京新聞が報じているのでご覧いただきたい(ロヒンギャ迫害が深刻化 人権団体、動かぬスー・チー氏を批判)。記事は両論併記的なのはいいのだが、誤謬に基づいた軍事政権時代の言い分を引き継いだ現政権の見方をそのまま載せることになってしまっている。

 1988年の総選挙の際、ロヒンギャは一縷の望みを託してアウンサン・スーチー率いるNLD(国民民主連盟)を支持し、そのために当時の政権からいっそう弾圧されたという経緯があった。いま、スーチー氏から見捨てられるのはなんという過酷で皮肉なめぐり合わせだろうか。 

 ロヒンギャ問題の根源は1962年にはじまったネウィン政権がロヒンギャを英領インドにおける現バングラデシュからの移民と断じたことである。しかし英国がビルマを支配下に置いたとき、その40年前にビルマに併合されたラカインの人口の3分の1はイスラム教徒だった。ラカインの領地には現バングラデシュの南部も含まれていたのだから、その比率は驚くべきものではなかった。

 当時のラカイン宮廷はあきらかにベンガル文化にあこがれをいだいていた。コルカタを中心とするベンガルは文化の先進地域だった。古代ラカインにはヒンドゥー文化が栄えた時期もあったが、全体的に考えれば仏教が中核を成していた。しかしだからといってイスラム的要素を否定するならば、身体の一部を捨てることになりかねないのである。(2016年12月7日) 

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目次 
ロヒンギャ(イスラム教徒)と仏教徒のあくなき報復合戦 

世界一みじめな難民キャンプ
 

ロヒンギャの起源 

ロヒンギャはラカインの先住民なのか 

最初のイスラム教徒とイスラム王朝 

アラカン(ラカイン)に来たイスラムの聖人と詩人 

マグ人とカマンチ 亡命王子の悲劇 

ビルマ人のアラカン征服と難民の発生 

英領インド、英領ビルマ、日本軍の侵攻 

迫害されるロヒンギャ 

見えない糸口 

ロヒンギャ年代記 



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