折々の記 Mikio’s Book Club
宮本神酒男
第15回 幻の島ハイ・ブラシルに胸ときめいて シェーン・コクレイン『フォーティアン・アルスター(アルスター地方の超常現象)』
ケルト文化というのはどうしてこうも人の想像力をかきたてるのだろうか。「幻島(まぼろしとう)」という現象は世界の歴史上稀有ではないかもしれないが、それがケルト文化のなかにあらわれると、いっそう神秘的で夢想的である。
もともと私は超常現象研究の先駆者、チャールズ・フォート(1874−1932)の著作を調べていた。そうして検索しているうちにヒットしたのが、インディペンダンス紙などに寄稿している北アイルランドのフリーランスライター、シェーン・コクレインが著した『フォーティアン・アルスター』だった。
フォーティアンってどういう意味? と一瞬とまどったが、しばらく考えみて、はたと人名のフォートから派生した言葉ということに気がついた。フォーティアンは、ここでは「フォートが好むような超常現象」という意味で使われているのだ。そしてアルスターはアイルランド北部を指す地域名なので、タイトルの意味は「アルスター地方の超常現象」となる。
この本は8つのエピソードから成っている。その題はつぎのとおり。このなかで1と5は訳出してみた。
1 幻の島ハイ・ブラシルを探して
*ピーター・トレメイン『アイルランド幻想』(甲斐萬里江訳)所収の「幻の島ハイ・ブラシル」は珠玉の短編
2 聖パトリックと蛇
3 ベルファストと幽霊船
4 幽霊島と蜃気楼の都市
6 蛇と聖人
7 空飛ぶ円盤を捕まえた男
8 ポートマックの人魚
ハイ・ブラシルはアイルランドの神話・伝説上の島であるとともに、実在する島でもあった。近い例としては、『ラーマーヤナ』に出てくるラークシャサ(羅刹)王ラーヴァナの根拠地であるランカ島をあげることができるだろう。ランカ島は伝説上の島だったが、実在する島でもあった。それはセイロン島、現在のスリランカである。
ハイ・ブラシルもまた伝説の島であるとともに、実在が確認されるべき島のはずだった。海図にもずっと記載されてきた。ところが目撃証言や体験談で信用できるものはなく、次第に雲行きが怪しくなり、ついには1870年頃、「幻島」認定されて、海図から姿を消すことになる。
いったいどうして実在しない島をずっと存在すると信じて海図にも記されてきたのだろうか。小さな岩島を大きな未知の島と誤認したのかもしれない。ひとはつねにユートピアを夢想するものだ。霧が晴れて岩島が姿を現したとき、それが伝説的なハイ・ブラシルだと思ったとしても不思議ではない。
しかし伝承によれば、ハイ・ブラシルは追放された神トゥアハ・デ・ダナーンの聖域であった。呪いをかけられていたので、人はこの島を見ることができなかった。
さまざまな物語が生まれるが、とくに人気の高かった話のパターンは、たまたまこの島に流れ着いた船乗りが、城に閉じ込められていた男たちを助け出すというものだ。
SF作家だったら、空間の歪みのポケットのなかにこの島は存在するという設定にするかもしれない。TVドラマの『フリンジ』なら、ビショップ博士が空間変換装置を作り出すことだろう。
シェーン・コクレインはハイ・ブラシル伝説はまだまだ生きた文化であると主張する。驚くべきことにそれはUFOと結びつくのだ。レンドルシャムの森事件というUFOマニアの間ではよく知られた目撃例があった。米軍兵は(この地域には米軍基地がある)三角形のUFOを見ただけでなく、機体に触れたという。彼は触れたとき、0と1でできたメッセージらしきヴィジョンを見る。30年後、彼は専門家に解析を依頼した。驚くべきことに、それは座標を含んでいて、その座標はハイ・ブラジルがあるとされたアイルランド島南西部の沖合を指していたのである。
これと似たものといえば、『Xファイル』シーズン1の第4話で、感性の鋭い少年(宇宙人に拉致された少女の弟)がテレビのノイズ画面を見ながらメッセージを受け取るというシーンがある。少年は0と1でできた暗号メッセージを何者かから受け取り、紙に書き留めていた。これはフィクションにすぎないが、レンドルシャム事件からヒントを得ているように思われる。