心風景 inner landscape 22    宮本神酒男


レコンのチベット族、土族の祭り、六月祭のとき、女性は大きなサンゴの飾りをつける 

 私にとってはなつかしく、感慨深い写真である。二十年以上前に、はじめてレコン(reb kong 青海省同仁県)の六月祭(glu rol)を見たときに撮ったものだからだ。海抜2500mの高地とはいえ、夏の日中は気温も上がり、ずっしりと重くて厚い羊毛の衣をまとい、数珠状に連なった数十個のサンゴ珠を下げて舞うのは、見た目以上につらかったのではないかと思う。

 当時、私はサンゴの価値がよくわからなかった。海の底から採れる珍しい形状の、まれな種類のサンゴならわからなくもないが、加工して宝石になったサンゴに、サファイアやルビーのような値段がつくとは思えなかったのだ。おかしなことだが、近年、中国漁船が日本の近海にやってきて海底のサンゴを根こそぎ持って行った、などといったニュースが流れて、はじめてそれが高価な宝石であることを知った。



 当時、私は祭りに参加している何人もの女性やお母さんたちに、サンゴについて尋ねてまわった。彼らが口をそろえて言うには、トータルで何十万円もするということだった。具体的な価格を教えてもらうこともあったが、口先で言う価格が正確かどうかわからないので、ここでは割愛させていただく。

 それにしても高すぎるのではないかと私は思った。まとっている衣に貼り付けたマーモット(sram)の毛皮も高価なので、あわせて百万円にもなりかねない。



 実際、サンゴ珠は母から娘に譲られることもあれば、レンタルしたものをつけるという場合もあった。しかし基本的にこのサンゴ珠は、レコンの女性にとってたいへん大切なものであり、母から娘へ受け継がれたものでなければ、新規に購入すべきと考えられていた。

 サンゴは「5つの宝」(rin chen sna lnga)のひとつである。この5つとは、金(gser)、銀(dngul)、トルコ石(g-yu)、サンゴ(byu ru)、真珠(mu tig)という。それらは身につけてこそ価値ある宝だと言えるだろう。


トルコ石(g-yu)はチベット人がもっとも好む「宝」。その色は青(ターコイズブルー)だが、緑の度合いが強い場合がある。蒼竜(g-yu 'brug) が青く、雪獅子のたてがみ(g-yu ral)が緑色なのはそのため。

 われわれは当然疑問に思う。サファイアやルビーは入っていないのか。そもそもダイアモンドが入っていないではないか、と。しかし、たとえば、江戸時代の日本人にダイアモンドを見せても、興味を示さないだろう。ダイヤモンドが至上の宝石であるのは、西欧人が創り出した価値観なのである。ダイヤモンドはチベット語でパラム(pa lam)と呼ばれるが、宝石として尊ばれることはなかった。

 チベット人はおかしな民族だと思われるかもしれないが、価値観を簡単に変えてしまう日本人のほうが節操がなさすぎるといえるだろう。

 茶か黒の瑪瑙に眼が9つあるズィが最上のものと考えられた 

 価値観が違うといって真っ先に思い浮かぶのは、ズィ(gzi)と呼ばれるチベットの縞瑪瑙(オニックス)である。昔、出会った何人ものチベット人が、懐からこのズィを取り出し、「どうだ、このズィ、なかなかすごいだろう」と自慢することがあった。私は適当に相槌をうったものだが、正直、何がいいのかわからなかった。いや、いまでも心の底では何がいいのか理解に苦しんでいる。

 おそらく、評価されるのは希少価値である。ときにはこの「宝石」は考古学に属する。遺跡の中から古いズィが発見されると、それがカラットの大きなダイアモンドなみの値札がつくことがある。縞瑪瑙であれば何でもいい、というわけではない。とくに評価されるのは九眼と呼ばれるタイプのズィ。白い丸い輪(眼)がたくさんあるものほど好まれるのだ。

 ズィにはたくさんの伝説がある。
 それは最初に見られたとき、あるいは触られたときに石化した生き物か虫だという。
 あるいは天界の神々が古くなった宝石類を捨てたものだという。
 または天上の如意樹の果実だという。
 ガルダの糞だという人もいる。
 リンのケサル王がタジク(ペルシア)の国王から奪った戦利品ともいわれる。

 現在、チベット関連のグッズを売るショップで、安価なズィの模造品を簡単に入手することができるので、有難味がわかりにくいが、本物は値段も高く、高級なものはなかなかお目にかからない。百年前なら、チベット人はダイアモンドに目もくれず、ズィの眼の数を懸命に数えたことだろう。

*1618年、チベット(ツァンパ汗政権?)は国師ら千人を末期明朝の都に送り、サンゴやプル(毛織物。チベット語のphrugから来ている)を献上している。チベットはもちろんサンゴの産出国ではないので、海(インド洋?)で採れたサンゴを珍宝として貯蔵していたのだろうか。この場合のサンゴはサンゴ珠ではなく、サンゴ樹だろう。サンゴ樹は七珍宝nor bu cha bdunの一つである。ちなみに七珍宝は国王耳飾り、皇后耳飾り、犀の角、珊瑚樹、象牙、大臣耳飾り、三眼宝石。



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