独龍江行
 紋面と精霊とシャーマニズム
 宮本神酒男
                                  ⇒ 地図(雲南)
                                  ⇒ 地図(独龍江)


 
雲南をきわめつくしていたつもりの(今考えればきわめるというレベルには程遠いのだけれど)私にとって、雲南最後の秘境は独龍江だった。[全文] 


霖雨に煙る独龍江上流の龍元村。世界有数の多雨地域に属する。


 独龍江沿いを遡っていったときのことが脳裏に焼きつき、忘れることができない。曲がりくねる険しい道を上り、下るとき、老婆を背負った中年男性に追いついたり、追い抜かれたりした。
 いつのまにか先を歩いていた彼らが老樹の下で休んでいた。老婆の前を通り過ぎるとき、はじめてそれまで勘違いしていたことに気づきドキッとした。老婆はじつは老婆でなく、若い女性だったのだ。血色が悪く、身体はがりがりに痩せこけ、胸もえぐられたようにくぼみ、頬も落ちていたので、老婆にしか見えなかった。もし健康であれば二十歳くらいの美しい女性であることがわかっただろう。あきらかに不治の重い病気を煩っていて、余命いくばくもない状態だった。この地域では重病を治そうとするのなら、相当に遠いところへ行かねばならない。おそらくどうにもならずに町へ運んだものの、治療の施しようがなく、実家に戻って死を迎えることにしたのではなかろうか。
 胸が締め付けられそうだった。奇跡は起こらないだろうか、と強く願った。それ以来会っていないので彼女の消息は知らないのだが、いまでもどうにかして助けることはできないだろうかと願ってしまうのだ。

  
(左)独龍江はチベット自治区に発し雲南をかすめてミャンマーでエーヤワーディ川となる。
(右)いまも竹を3本並べただけの橋が主流。これはまだ安全な部類。暴風雨の中、ボロボロの橋を渡ったことがあった。橋の中央部では手すりの綱が膝の高さにまで下がり、かなり恐かった。。

 独龍江上流の熊当(ションタン)村の女性ナムサ(シャーマン)クレンの家を訪ねたときも、大きな衝撃を受けた。私は長年中国西南の山の中を歩き回ってきたが、こんなに貧しい家を見たことはなかった。家の中には生活用具といえるものがほとんどなかったからだ。日本のホームレスのほうがはるかに豊かだとさえ思った。
 しかしクレンのイマジネーションの世界は豊かだった。彼女の天上世界は美しい邸の庭に花が咲き乱れ、音楽が流れ、おいしい食べ物もたくさんあった。そこに住む精霊たちが彼女の守護霊だった。この天上世界が美しければ美しいほど、なにか悲しくなるのだった。


独龍(ドゥーロン)族の祭天儀礼。ミタン牛が生贄となる。

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